『30年後も独身だったら、結婚しようぜ』
彼が冗談まじりに言った、口約束。
だけどそれを心の支えに生きてきた。
「結婚おめでとー!」
東京、北青山のビル群の中にあるイタリアンレストラン。
今夜その店の屋上テラスを貸し切って行われるのは、友達や同僚など身近な人だけを呼んだアットホームな結婚パーティーだ。
白いパラソルとソファが並んだテラスにはいくつものストリングライトが輝き、テーブルには皿に盛り付けられたアラカルトのメニューが豊富に並んでいる。
「いや、まさかあの一馬が結婚するなんてなぁ」
「しかもこんな若くてかわいい嫁さん!」
わいわいと話すみんなの輪の中で笑うのは、白いタキシード姿の彼。
そして白いマーメイドドレスに身を包んだ私……ではなく、今日初めて顔を見る若い女の子だ。
当の私は、シンプルなネイビーのワンピース姿で端にあるソファに座り、シャンパングラスを手にその光景を見つめていた。
「はぁ……」
周りに聞こえないくらいの小さなため息をつき、都会の明かりにほんのりと白ける夜空を見上げた。
なにが楽しくて、好きな人の結婚を祝わなくちゃいけないのか。
笑顔なんてとてもじゃないけど作ることができない。
夏の終わりを知らせる涼しい夜風を感じながら、そのままぼんやりとしていると、突然頬にひんやりとした感覚が伝わった。
「わ!?」
おどろき振り向くと、そこにはワイングラスを手にしたタキシード姿の彼……一馬がいた。
先ほどまでみんなの輪の中にいたはず。
そう思い見ると、いつの間にかお嫁さんは女の子同士で写真を撮っており、他の参列者たちも各々会話に華を咲かせていた。
そこから抜けてきたのだろう一馬は、驚く私の顔を見ていたずらっぽく笑った。
「どうした?もう酔ったか?」
「酔ってないよ。ちょっとボーッとしてただけ」
「そっか」と頷き、一馬は私の隣に座る。
少し遠慮がちに私との間に少し隙間を開ける、その距離がまた胸を切なくさせた。
「悪かったな、今日高校の友達みんな都合つかなくてさ。静華だけ話し相手いない状態になっちゃって」
「みんな忙しいし仕方ないでしょ。そういえば高校組が、また今度改めてお祝いパーティーしようって言ってたよ」
「マジか。うれしいな」
はは、と笑うくっきりとした形のきれいな目。
それは昔から変わらずに、今日も私の目を惹きつけた。
一馬は高校の同級生であり、今でも付き合いの続く友達だ。
きっかけは『南雲一馬』と『新倉静華』で出席番号がひとつ違いだったこと。
ペアになって当番をしたり、グループ分けで一緒になったりとなにかと接点が多かった。
さらに高校時代3年間同じクラスで、進学した先の大学もひと駅となりとすぐ近く。
大学で友達もできたけれど、お互いやはり顔馴染みのほうが安心するからか、しょっちゅう学校帰りに話をしたり、成人してからは飲みに行ったりして過ごした。
それは一馬が不動産会社に、私が広告代理店に就職してからも変わらなかった。
毎月のように飲みに行ったり、休日には買い物や映画に気兼ねなく誘えるような仲だった。
それでも不思議と、異性としての関係には発展しなかった。
付き合いが長過ぎて、ふたりきりで飲んでも今更男女の空気感になんてならなかったから。
それに一馬の好みのタイプは、小柄でかわいい小動物のような女の子。
私の好みのタイプは、筋肉がしっかりとついたたくましい体のスポーツマン。
長身できつめの顔立ちの私と、痩せ型でインドアな一馬ではお互いがそもそも恋愛対象外なのだ。