「実は、交通事故で………」
じっくりと煮込んだビーフシチューの香りがリビングを染め上げる午後9時過ぎ。
病院からの連絡に、俺は家を飛び出した。
「愛梨!!」
受付で教えてもらった病室には、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべた恋人がいた。
しかし、頭には包帯が巻かれており、病院服から露わになっている腕や首元からも包帯が見えている、
「大丈夫なのか!?さっき病院から連絡があって……交通事故って……ッ!!」
「大丈夫、そんなに焦らないで」
まるで子どもをあやすような口調に、俺は思わず項垂れる。
焦るに決まってるだろ。大切な恋人が事故に遭ったんだぞ。
そんな言葉を飲み込み、何もなかったかのように言葉を並べる。
「怪我は大丈夫か?」
「うん、外傷だけだよ。それに後遺症も残らないだろうって。……この包帯も大袈裟に巻かれただけだし、心配しないで」
「心配するに決まってるだろぉ……」
力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫だよ、心配性だなぁ」
両手を口元に当て、ふふッと子どものように笑う。
目尻は垂れ下がり、わずかに傾いた首の角度。
ああ、好きだなぁ
その姿を見れば、自然と怒りや不安が和らぐ。
これが惚れた弱みだろうか。
「そういえば、事故の相手は?相手が自転車でぶつかってきたって……」
「その子なら謝罪に来てくれたよ。ほら、そこのテーブルの上にあるのが折菓子。お母さんと一緒に来てくれたんだよ」
「………許したのか?」
「当たり前でしょ?」
一体何が当たり前なのだろうか。
自分をボロボロにした相手を、どうしてこんな安物の折菓子で許したんだ?
「修斗くん、相手はまだ中学生だよ」
だから何なんだ。
「まだ将来があるんだし、心に傷を負わすわけにはいかないよ」
体に傷を負うのはいいのか?
「だからね、修斗くん……仕方ないの」
仕方ない。
君からその言葉を聞くのは何度目だろうか。
君が怒ったところを見たことがない。
誰かに暴言を吐かれても。
誰かに無理やり仕事押し付けられても。
誰かに無視されても。
誰かに馬鹿にされても。
誰かに陰湿なことをされても。
怒る対象はいるのに、君はいつも「仕方ない」と言って笑うばかり。
「俺の好きをみくびらないでくれ」
彼女の瞳が大きく揺れた。
「君はいつも仕方ない、仕方ないって言って全部許してきただろ!!どうして自分を大切にしないんだ!!自転車でぶつかってきた中学生なんてただの他人だろ!?そんなやつの将来を心配して、自分を蔑ろにして、君に何のメリットがあるんだ!!それに、今日帰るのが遅かったのだって上司に仕事を押し付けられたからだろ!!君は仕方ないって言って笑ってるけど、何が仕方ないんだ!!どうせあいつは君に全てを押し付けて家に帰ってるんだろ!?そんな中、どうして君だけ頑張らなくちゃいけないんだ!!………頼むから、仕方ないで全てを片付けないでくれ…………………」
きっと君は、俺が君に悲しませるようなことをしても仕方ないと言って笑うに決まってる。
君は、そういう人だから。
俺との関係も、「仕方ない」というたった一言で片付いてしまう。
君から俺を求めることはない。
告白だって、俺から。
君から好きだと言われたことは、今まで一度もない。
告白の返事は………「いいよ」の一言。
一見普通の返事だが、この言葉の裏には自分の気持ちを優先せず、俺の気道を優先した事実が隠れているに違いない。
君は、自分のことを後回しにして、他人のために行動する。
美徳であり、無頓着。
君は、自分のことを一切大切にしない。
俺は君のためなら命だって捨てられる。
でも、他人に対してそんな気持ちはない。
他人のために命を捨てるくらいなら、意地でも生きてやる。
だから、他人を優先する君を理解できない。
そんなことを伝えたって、意味はない。
君が変わってくれるわけがない。
俺はそっと、彼女の頬を撫でる。
「好きだよ」
この言葉も、彼女には届かない。
これは、ただの独りよがりだ。
彼女は笑う。
ふにゃりと柔らかく歪んだ笑顔。
彼女の口から放たれた言葉。
俺は思わず笑い声を漏らした。
やっぱり君は変わらない。
じっくりと煮込んだビーフシチューの香りがリビングを染め上げる午後9時過ぎ。
病院からの連絡に、俺は家を飛び出した。
「愛梨!!」
受付で教えてもらった病室には、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべた恋人がいた。
しかし、頭には包帯が巻かれており、病院服から露わになっている腕や首元からも包帯が見えている、
「大丈夫なのか!?さっき病院から連絡があって……交通事故って……ッ!!」
「大丈夫、そんなに焦らないで」
まるで子どもをあやすような口調に、俺は思わず項垂れる。
焦るに決まってるだろ。大切な恋人が事故に遭ったんだぞ。
そんな言葉を飲み込み、何もなかったかのように言葉を並べる。
「怪我は大丈夫か?」
「うん、外傷だけだよ。それに後遺症も残らないだろうって。……この包帯も大袈裟に巻かれただけだし、心配しないで」
「心配するに決まってるだろぉ……」
力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫だよ、心配性だなぁ」
両手を口元に当て、ふふッと子どものように笑う。
目尻は垂れ下がり、わずかに傾いた首の角度。
ああ、好きだなぁ
その姿を見れば、自然と怒りや不安が和らぐ。
これが惚れた弱みだろうか。
「そういえば、事故の相手は?相手が自転車でぶつかってきたって……」
「その子なら謝罪に来てくれたよ。ほら、そこのテーブルの上にあるのが折菓子。お母さんと一緒に来てくれたんだよ」
「………許したのか?」
「当たり前でしょ?」
一体何が当たり前なのだろうか。
自分をボロボロにした相手を、どうしてこんな安物の折菓子で許したんだ?
「修斗くん、相手はまだ中学生だよ」
だから何なんだ。
「まだ将来があるんだし、心に傷を負わすわけにはいかないよ」
体に傷を負うのはいいのか?
「だからね、修斗くん……仕方ないの」
仕方ない。
君からその言葉を聞くのは何度目だろうか。
君が怒ったところを見たことがない。
誰かに暴言を吐かれても。
誰かに無理やり仕事押し付けられても。
誰かに無視されても。
誰かに馬鹿にされても。
誰かに陰湿なことをされても。
怒る対象はいるのに、君はいつも「仕方ない」と言って笑うばかり。
「俺の好きをみくびらないでくれ」
彼女の瞳が大きく揺れた。
「君はいつも仕方ない、仕方ないって言って全部許してきただろ!!どうして自分を大切にしないんだ!!自転車でぶつかってきた中学生なんてただの他人だろ!?そんなやつの将来を心配して、自分を蔑ろにして、君に何のメリットがあるんだ!!それに、今日帰るのが遅かったのだって上司に仕事を押し付けられたからだろ!!君は仕方ないって言って笑ってるけど、何が仕方ないんだ!!どうせあいつは君に全てを押し付けて家に帰ってるんだろ!?そんな中、どうして君だけ頑張らなくちゃいけないんだ!!………頼むから、仕方ないで全てを片付けないでくれ…………………」
きっと君は、俺が君に悲しませるようなことをしても仕方ないと言って笑うに決まってる。
君は、そういう人だから。
俺との関係も、「仕方ない」というたった一言で片付いてしまう。
君から俺を求めることはない。
告白だって、俺から。
君から好きだと言われたことは、今まで一度もない。
告白の返事は………「いいよ」の一言。
一見普通の返事だが、この言葉の裏には自分の気持ちを優先せず、俺の気道を優先した事実が隠れているに違いない。
君は、自分のことを後回しにして、他人のために行動する。
美徳であり、無頓着。
君は、自分のことを一切大切にしない。
俺は君のためなら命だって捨てられる。
でも、他人に対してそんな気持ちはない。
他人のために命を捨てるくらいなら、意地でも生きてやる。
だから、他人を優先する君を理解できない。
そんなことを伝えたって、意味はない。
君が変わってくれるわけがない。
俺はそっと、彼女の頬を撫でる。
「好きだよ」
この言葉も、彼女には届かない。
これは、ただの独りよがりだ。
彼女は笑う。
ふにゃりと柔らかく歪んだ笑顔。
彼女の口から放たれた言葉。
俺は思わず笑い声を漏らした。
やっぱり君は変わらない。