「彼女いるのに元カノ部屋にあげるとか、最低だよ」

 私はうっすら笑いながらそう言う。

 ――違う。最低なのは私だ。柊(しゅう)に彼女がいると知ってて、それでも彼に「うちに来る?」と聞かれて、頷いたのだから。

 柊に下心なんてあるわけがない。雨に濡れていた野良猫を保護した、くらいで、やましくもなんともないのだろう。
 柊は無表情でこちらを振り返った。

「脱衣所にあるバスタオル、青いの俺のだから使っていいよ。シャワー浴びたかったら……」
「拭けばすぐ乾くだろうから、シャワーは大丈夫」

 私は自分の濡れた髪の毛先をつまんでチェックした。雨に降られたとはいえ、ずぶ濡れとまではいかない。お風呂は自宅で入ればいい。
 柊と今から何も起こらないとしても、さすがにシャワーを借りるのは気が引けた。
 部屋にあがりこんでいること事態、図々しいとはわかっていても、完全に図々しくなりきれないところが私らしかった。

「ココアでいい? 詩織、ココア好きだったよね」
「ありがとう……」

 体が冷えただろうからと、温かい飲み物をいれてくれるらしい。相変わらず、柊は気が利く。
 付き合っていた時は、私の好みを把握してくれていて、自分が愛されてるんだなぁって思った。でも実はそうじゃなくて、柊は優しいだけなのだ。

 誰にだって優しい。私じゃなくても。

 * * *

 柊と出会ったのは大学一年の頃だった。ものすごく目を引く美形、というのでもなく、さっぱりした顔立ちのおとなしそうな人だった。度々授業で教室が一緒になり、落ち着きがあって大人っぽい柊が私はどこか気になっていた。

 学部が同じだったとはいえ接点はなく、初めて話したのはサークルの飲み会だ。といっても私はどこのサークルにも属していない。
 映像研究会というのに友達が入っていて、誰でも来ていいから、と強引に誘われて行ったのだ。

 飲み会といってもお酒は飲めないし、わいわいとはしゃぐ空気に気後れして、断り切れなかったとはいえ、なんで来ちゃったかなーと後悔した。
 お店を出て外の空気を吸っていると、同じようにムードに慣れず逃げてきた柊と出くわした。

「確か……同じ学部だったよね?」
「うん」

 これが、柊と初めて交わした会話だ。
 間近で見て、声をかけられて、その時思った。

 ――私、この人のこと、好きかもしれない。

 好みかと問われればそうでもないし、運命だというほど劇的な印象もなかったけど、なんか好きだな、と感じたのは事実だ。


 教室で会えば時々話をする仲になって、たまに外でランチを食べるようになって、もしかして、脈アリなのかなと期待した。

「私達、付き合わない?」

 ある日のランチ。食べていたのは確か、オムライスだった。あの時のデミグラスソースの味は、何故か鮮明に覚えている。
 私の思い切った告白に、柊は五秒ほど沈黙した。

 ――あ、駄目だ。

 異性に告白したのは人生で二度目。一度目は高校生の時で、それは上手くいった。だから、私は初めてフラれるんだと覚悟した。
 一気に胃が動かなくなって、後悔が押し寄せた。

「いいよ」
 柊の返事を聞いた時、どっと安堵が押し寄せて、深いため息をついたのだった。
 汚い話だけど、もしあそこで柊に「ごめん」って言われていたら、トイレでもどしていたかもしれない。
 私は他人に拒絶されるのが怖い。その時、初めて気がついた。