「拓海、今日このあとヒマ?」

 講義が終わったあと、和幸がカバンを肩にかけながら言う。

「ヒマじゃないけど。どした?」
「あー……そっか。ちょっと話聞いてほしくて」

 和幸は先輩たちと別れたあと、少し機嫌が悪そうだった。
 いや、機嫌が悪いというか、元気がなかった。話を聞いてほしいなんてわざわざ言うキャラでもないから、よっぽどのことだろう。道春先輩から連絡はまだきてない。少しの時間は作れるだろう。

「話ぐらいなら大丈夫」
「さんきゅ。駅まで歩きながらでいいから」

 途中、何人かの友達と挨拶をしつつ駅に向かう。
 大学の生徒もまばらになったのを確認してから、話を切り出した。

「で、どうしたの?」

 和幸は神妙そうな顔をして、唇をぎゅっと噛んだ。

「空きコマのときに聞いたんだけどさ、神谷先輩、道春先輩に告ったらしい」
「……マジ?」
「マジ。オレ、神谷先輩に告白する前にフラれたわ」

 はぁ……と大きなため息。俺も動揺する。浮かれていた気持ちが、風船がしぼむように小さくなっていく。神谷先輩が道春先輩のことを好きかもしれないとは思っていたけど、まさか告白をするとは。いや、そういえば四年生は教育実習が始まると一ヶ月は学校に来れなくなる。その前に告白しとこうと考えたなら、タイミング的にはありえるか。それにしても、ギャル系で明るい神谷先輩のことを和幸が気に入ってたのは知っていたけれど、落ち込むほど好いていたとは。道春先輩は、どう答えたんだろう。

「……道春先輩の返事は?」
「わかんない。そこまではオレ、聞く余裕なかった。神谷先輩から報告聞いて頭が真っ白になっちゃってさ。だけど、神谷先輩と一緒にいる先輩たちいるじゃん? 道春先輩のグループの」

 和幸の歩く速度はどんどんゆっくりになり、ついに止まってしまった。

「ずっと神谷先輩と道春先輩をくっつけようとサポートしてたんだって。告白するのにふたりきりになれるようにしたり、告白のときに花火を打ち上げたり、なんかめちゃくちゃしてたらしい。すげーよなぁ」

 話を聞いてぞっとする。それ、道春先輩が神谷先輩のこと好きだったら嬉しいかもだけど。もし好きじゃなかったら? 俺の腕には鳥肌が立っていた。

「でもまぁ、付き合うよな。先輩たち仲いいし。じゃないとあんな嬉しそうにオレに報告してこねーもん。神谷先輩ってすげー美人じゃん? オレなんかじゃ相手にされないとは思ってたけど。なんか現実になるとつれーわ」
「そう……だよな。大丈夫か? 今日、用事キャンセルしてお前といようか?」

 道春先輩との飲みは別にいつでもできる。和幸が辛いなら今日は……。そう考えていると、和幸は一歩足を出した。

「いや、いい。ありがとな。気持ち吐き出してすっきりした。今日はひとりで泣くわ」
「わかった……またラインしろよ」
「おう」

 そのとき、ポケットに入れていたスマホが震える。
 通知を見ると、道春先輩からだった。

〝おつかれ。今日さ、宅飲みでもいい?〟

 明日は土曜日で大学はない。夜遅くなってもきっと大丈夫だ。
 もしかしたら、今夜は一晩中惚気話を聞かされるのかもしれない。
 そう思うと憂鬱で、苦しくて、死にたくなった。
 飲みに誘われたときは、天国みたいな気分だったのに。
 俺と和幸は同じタイミングでため息をつく。
 ふたりで顔を見合わせて、なんとなく拳と拳を合わせてから駅で別れた。