フローラ姫はそんな態度のトラヤヌス王子に、むっとしたが、しかしそこは堪えて、
「ありがとうございました。おかげで素晴らしい曲が演奏できました」
 トラヤヌス王子は、フローラ姫をじろりと見ると、呟いた。
「そなたはピアノが弾けるのだな。バイチェスカ国の姫は、非常におてんばだと聞いていたが、こんな特技があるとは正直驚いたぞ。よその姫は、音楽にそれほど造詣は深くない者ばかりだ。たまにこんなことがあるとはな」
 フローラ姫は内心、褒められているのか、けなされているのか、いまいち分からず、なんとも複雑な表情を浮かべた。彼女がこの言葉になんと答えようかと思っているうちに、トラヤヌス王子の従者が、また近づいてきて王子に告げた。
「王子、時間でございます」
「何、もうそのような時間か」
「はい、さようでございます」
「時間?」
 フローラ姫が眉根を寄せながら、そう呟くと、トラヤヌス王子はこう述べた。
「済まぬが、もう行かねばならん、実はダルラット国に用があってきたのだが、今日はついでに寄ったまでのことだったのだ」
「そう、そうだったんですね。通りでずいぶん早いお越しだとは思ったのです……」
 作り笑いを浮かべながらも、フローラ姫は、だったら来なくてよかったのにと、思わず胸の内で愚痴った。
「しかし寄ってよかった。また後日ゆっくりと寄らせてもらうぞ。父のダルロード王にもそなたことは言い添えておこう。それでは失礼する」
 トラヤヌス王子は、急に来たのと同じように、自分の都合だけ考えて去って行った。
 「いったいなんなのよ、あいつ」
 王子が城からいなくなってから、フローラ姫は、頬を思い切り膨らませて怒った。
「まあ、とりあえず、何事もなく終わったのだから、よしとすればいいだろ」
 タムがフローラ姫を諫めると、カトリーヌも大きく頷いた。
「そうですよ」
「それはそうだけど」
「ところで王やパーリヤ達には伝えたのか。王子が帰ったこと」
「それは先程、私めがお伝えしました」
 トラヤヌス王子の帰りを無事に見届けたウルバヌス大臣が、また広間に戻ってきてそう答えた。
「エミリーが王達をこちらの広間にお連れしているところです」
「そう、分かったわ」
 フローラ姫はウルバヌス大臣に返事をすると、小声でカトリーヌに話しかけた。
「暴露するわよ」
「暴露?!」