じっと耳を澄ませ、フローラ姫が奏でるピアノに見入っていたトラヤヌス王子が動いた。彼は自分の従者に小声である用事を頼んだ。承知した従者は、その場から離れ、広間から姿を消した。
 一方曲の方は、ささやき声のようにとても静かになっていく。子供と一緒に戦っていた妖精が死んでしまったのだ。悲しみにくれる子供は亡くなってしまった妖精を弔うために美しい声で歌い出す。ピアノの音は密やかに流れていく。その時割って入ってくる音があった。
 なんとそれはトラヤヌス王子が弾くバイオリンの音だった。先程の従者に自分のバイオリンを持ってくるように命じたのだ。今まで、曲に没頭していたフローラ姫も驚きを隠せず、少しピアノのテンポが遅くなったが、すぐさま調整し、鳴り響くバイオリンの音色を引き立たせながら、静かに弾き出した。
 その様子を見守っていたカトリーヌとタムもまた驚いた。美しいバイオリンの響きが大理石の広間全体に悲しげに高くなり、低くなり、響いていく。初めて聴くバイオリンの調べに、カトリーヌは素直に感動した。ピアノも素敵だけれども、バイオリンの音色も、荘厳としていて、なぜかとても悲しげだ。なぜこの世にこんな美しい調べがあるのだろう。カトリーヌは、ピアノとバイオリン、二つの奏でる音色が、麗しいハーモニーを奏でているのが、とてもすばらしく、奇跡を目の当たりにしていることを実感していた。
 曲はそのまま流れるように進んでいった。失った妖精の命を悲しみながらも、子供は立ち直り、魔王と魔王の手先に戦いを挑んでいく。ピアノもバイオリンも、それぞれ鍵盤を強く叩き、弦を強く引いて、その場面を再現していく。海のうねりのように激しく、何度も何度も襲ってくる波のような音が、広間に響いていく。二人は持てる技能の全てを出し切り、全力で楽器を弾きこなした。死闘の末、勝利を勝ち取った子供は、勝利のファンファーレとともに故郷へと無事帰っていく。曲調は急に明るい弾むような調べへと変わり、物語が終わりを告げた。
 一幕の曲の物語の演奏が終わると、カトリーヌは、演奏者の二人に惜しげもない拍手を送った。
「すばらしかったです」
 カトリーヌは感動してそう言った。
 バイオリンを弾き終わったトラヤヌス王子は、ふんと鼻を鳴らして言葉を返した。
「すばらしくて当たり前だ。何しろ私のバイオリンがピアノを引き立てたのだからな」