その様子を見ていたトラヤヌス王子は、それぐらい弾けるのは当たり前だと言わんばかりにテーブルの席でふんぞり返っていた。フローラ姫はそんな彼を気にも留めずに、次の楽章へと移った。急に曲調は、早まり、指は素早く絡まるように鍵盤を連打していった。静かだった曲は強い調子で響き渡り、曲の全容が明らかになった。それはトラヤヌス王子の国の民謡をベースにした曲だった。彼は自分の祖国の民謡と分かると、少しだけ興味を持ち、ピアノの調べに耳を澄ませた。大きくはっきりと鳴り響くピアノの音は、大理石の広間いっぱいに響き渡った。その曲は魔王に連れ去られた子供が困難を乗り越え、故郷へとたどり着く物語。今まさに魔王に連れ去られ、子供は怯え、ひどく悲しがるシーンだ。そして恐ろしいまでの絶望感が、フローラ姫の指で語られた。テンポは急激に早まり強く激しくこれでもかと言わんばかりにフローラ姫は鍵盤を叩いた。身体を大きく揺らし、彼女は力の限りピアノを弾いた。
 次の章では、急に曲が静かになる。落ちるところまで、落ちてしまったと悟った子供は、これからどうしたものかと考えあぐねる。暗い思索にくれながら、それでもどうにかしようと、あがく子供。フローラ姫の指もまた不明瞭なぐらい高音を叩き、低音を叩きと、あちらこちらへと指が動いていく。希望はどこにもない。そう思った時、妖精が現れる。妖精は魔王の手先から子供を救い出す。
一筋の希望の光が見え隠れし出し、それに伴いピアノの音も、暗い音から明るい音へと変わっていく。フローラ姫の指使いも軽やかに変わり、徐々にそれは高揚していきピアノは歌い出した。朗らかに軽く軽くとても軽く鍵盤を弾いていく。子供と妖精は魔王の城から抜け出していく。手先の目をくらまし、深い森へと足を踏み入れる。昼間の日差しのある時の森と深い闇に包まれた夜の森の情景が交互に現れる。昼にはかわいい子リスや鳥達が鳴き、夜には不気味なふくろうと狼の遠吠えが鳴り響いていく。ピアノは最初軽く鳴っていたが、夜の情景になると、不協和音の鳴り響く音へと変わっていった。夜の森を走り、魔王の手先が跡を追ってきて攻撃し出すと、高音が、連打で叩かれ、緊張感がみなぎっていく。素早く動いていく指先、子供と妖精が反撃していく様が、目に見えるように曲の調べは強く激しくなった。と、とたんに曲調は静かになった。その時だった。