カトリーヌは、意識をふっと現実に戻すと、手に持っている銀の杖を、丸く大きく宙に描き、呪文を唱え始めた。最初はゆっくりと唱え、徐々に声を大きくして、杖に自分の気持ちをのせると、えいっとばかりに杖を宙に振った。するとどうだろう。とたんにすごい音がしたかと思うと、何もない空間から突如黒い物体が、徐々に姿を現した。
「ゴゴゴゴゴォッ」
 急に風が巻き起こったかと思うと、ぱっと眩しい光が閃いた。眩しさのあまり皆が一様に目をつぶり、目を開いたとたん、目の前には、大きな黒塗りのグランドピアノが置かれていた。
「おお! これは見事な魔法だな」
 トラヤヌス王子は、お世辞ではなく、本当の気持ちでどうやらそう言っているようだった。カトリーヌは、王妃様のピアノを見届けるのと同時に、いきなりその場に倒れ込んだ。慌ててフローラ姫とタムは駆け寄り、彼女を抱き起した。
「大丈夫?!」
「平気か?!」
 心配そうに見守る二人に、カトリーヌは、大丈夫だと言わんばかりに弱々しく微笑んだ。
「大丈夫です。魔法の力を使い過ぎたみたいで、少し呼吸困難に陥っただけです。そんなことより、フローラ姫。あとのことはよろしくお願いします」
 彼女はそう言って、フローラ姫の手を叩いた。それを受けてフローラ姫は彼女の手をしっかり握りしめると伝えた。
「分かったわ」
 フローラ姫は、カトリーヌをタムに預けると、トラヤヌス王子の前まで歩いて行った。
「見事な魔法かと思えば、そなたのお抱え魔法使いは大したことないな。魔法を使って倒れてしまうとは情けない。それともその魔法使いはまだ見習いなのかね」
 彼はふふんと鼻で笑うとそう言ってのけた。
「いえ、アマンダは見習いではありません。実は先日まで遠方へ行かせていたのです。その船旅の疲れが出たのでしょう」
「ほう、船旅となあ。しかしそれにしても情けないな。そんなことでそなたの専属魔法使いが務まるのかね」
「ご心配なく大丈夫でございます」
 冷ややかな口調のトラヤヌス王子に対して、フローラ姫はむっとした顔をすると、きっぱりと言い切った。
「それより余興はどうなった。その魔法使いが魔法でピアノを弾いてくれる予定だったのではないかね」
「それは違います」
「ほう、違うとな」
「はい、そうでございます。今からそれをお見せします」