「今、姫様は余興の準備をしておりまして、もうしばらくしましたら、またこちらへ戻って参ります。その間ワインとチーズをお持ちしますので、こちらをお楽しみ頂ければと思います」
 彼女は召使いより、ワインとチーズを受け取ると、トラヤヌス王子のグラスに注いだ。そのワインはただのワインではなく、魔法で海のざわめきを閉じ込め、注ぐと勢いよく泡立つワインだった。黄金色のワインは軽く爽やかな味わいだった。一方雪のように真っ白なチーズは、しょっぱさと甘さが程よく混じったものだった。トラヤヌス王子は、しばし、それらの食に堪能し、少しの間フローラ姫への興味がそがれた。
「うむ、食後の口直しにはちょうどよいなあ」
 とりあえず、料理に対して文句は言われなかったので、大臣とエミリーは、ちょっとほっとしたが、しかしそれにしてもフローラ姫達の話し合いは、いつになったら終わるのだろうと少し不安がよぎった。その側では、トラヤヌス王子が、口をもぐもぐ動かし、豪快にチーズを食べ、ワインを大量に飲んでいた。 二人はとにかく粗相のないよう、慎重に給仕していると、広間の陰にある小部屋の中から、フローラ姫達がそっと出てくるのが、目の端に見えた。二人は心底安堵し、そのままトラヤヌス王子の相手をしていた。
 フローラ姫は急いで、トラヤヌス王子の席まで小走りでやってきた。
「トラヤヌス王子、食事はいかがでしたでしょうか? ご満足頂けましたか」
 にっこりと微笑みながら、フローラ姫は、丁重に尋ねた。
「うむ、料理はどれこれも、面白いものばかりでよかったぞ。さすが魔法に力を入れているだけのことはあるな」
「お褒めの言葉嬉しく思います」
 内心ほっとしながら、フローラ姫は素直にそう述べた。
「しかしだな、宴の席で、もてなす長たる者が席をはずすというのは、非常に遺憾だな。いったいどういうことだ!」
 とたんにトラヤヌス王子が怒鳴ると、一瞬青ざめたフローラ姫だったが、何事もなかったようにこう言ってのけた。
「今回の宴の余興は、私の参加が必要だったのでございます。ですので、その準備というか、心の準備が必要でございました」
「ほう、そなたの参加とな。して、どんな余興だ」
「アマンダ、それではあれをお出しして」