びっくりしたカトリーヌが、彼女を支えた。
「だっ、大丈夫よ。さすがにちょっと緊張しただけよ」
 フローラ姫は、息を整えると、にっこりした。
「それより、あいつが気に入るような何かをしないと」
 そう言って彼女は腕組みをした。
「トラヤヌス王子は何がお好きなのでしょうか」
「好きなもの?」
「そうです。好きなものです」
 カトリーヌに訊かれて、フローラ姫は唸った。そう言われると、相手のことを嫌がるばかりで、知ろうとはしなかったことに気づかされた。
「そうねえ、まずは敵のことをよく知らなければならなかったわね……」
 しまったとばかりにフローラ姫は顔を曇らせた。今となってはもう無理かと青ざめていると、タムが口を出してきた。
「ガリヤが前、こんなことを言っていた。トラヤヌス王子はバイオリンを弾くのが好きらしいと。要は音楽にまつわることで気を引けばいいんじゃないか」
「えらい! タム。まさにそれだわ。音楽だわ、音楽。ともかく楽士に音楽を演奏させましょう!」
「駄目!」
 カトリーヌが強く一言そう言うと、フローラ姫は、ひどく驚いた。
「駄目って、どうして……」
「あなたが弾かなくちゃ」
「私はバイオリンは弾けないわ」
 フローラ姫はかぶりを振って、否定した。
「バイオリンじゃない。ピアノを弾くのよ」
「ピアノですって」
「そう、さっき魔女の塔で弾いてくれたでしょ、私達に」
「それはそうだけど……。音楽好きってことは、かなり耳慣れしている人よ。下手なピアノ曲なんか弾けないわ」
「そんなことない、私はフローラ姫のピアノに感動しました。きっと、きっと大丈夫です」
 自信のないフローラ姫だったが、カトリーヌがあまりにも熱心に説得してくるので、彼女の言う通り、ピアノを披露することが決まった。
「分かったわ、私がピアノを弾くわ。でも待って、ピアノの置いてある部屋は、反対の塔なのよ。あの塔からピアノを広間まで持ってくるなんて、そりゃあもう、一日ぐらいかかってしまうわ。魔法でもない限り無理よ」
 やっぱり無理だわと、フローラ姫が肩を落とすと、カトリーヌは難しそうな表情を浮かべた。
「他の案を考えましょう」
 仕方なさそうにフローラ姫が言うと、カトリーヌがこう述べた。
「たぶん、できます。いえ、できます、ピアノを持ってくることを」
「ピアノを? どうやって」
「魔法です」