トラヤヌス王子は、鋭い視線をフローラ姫に投げかけながら、笑い飛ばした。彼女は愛想笑いを浮かべると、大きく頷いた。
「ええ、ええ、きっと気に入ってくださると思いますわ」
 フローラ姫は自信満々そう言ってのけると、先頭に立って、宴の催される部屋へとトラヤヌ王子を誘導し、歩き出した。カトリーヌはフローラ姫の後ろに控えながら、彼女の跡にタムと一緒について行ったが、不安で不安でしかたなかった。ウルバヌス大臣やエミリーに頼んだ宴は早急に手配しものだ。そんな手の込んだ趣向など何もないはずなのに、なのに、こんなにも堂々としていて、平気なんだろうかと心配でしかたなかった。そんな不安もよそに、フローラ姫は、終始微笑みを浮かべながら、トラヤヌス王子を丁重に扱い、大きな広間へと通した。
 その広間は黄金と白亜の大理石でできていた。天井も金なら、支える柱も金、飾り棚も金、その合間を白地の大理石が埋め尽くしていた。まばゆく輝く金色の美しさに、カトリーヌは思わず、小さな声を漏らした。そんなカトリーヌの様子には目もくれず、トラヤヌス王子は、にんまりと笑みをこぼし、こう語った。
「これはこれは、見事な広間だな。バイチェスカ国の広間には魔法がかかっているという噂はよく聞くが、いやいや、これは本当に素晴らしい広間ですなあ」
 本音でそう思っているようだったが、フローラ姫と縁談が決まれば、この広間も事実上自分の物になるといった胸算用が透けていて、フローラ姫は、ちっともいい気がしなかった。それでもなんとか笑顔を作り、トラヤヌス王子を客人の座る一番上等な席へと座らせた。と、そこへウルバヌス大臣とエミリーがやってきた。フローラ姫は天の助けとばかりに、二人に小声で伝えた。
「なるべく時間を稼いで。一品ずつ豪華な珍しい食事を出して、興味を持たせるのよ」
「かしこまりました。給仕の方は、私達にお任せください」
「姫様は、こちらの席におられないのですか」
 エミリーが不安な面持ちで、フローラ姫を見ると、彼女はこう告げた。
「私はアマンダと二人で作戦会議よ。余興の準備が整ったら、すぐに戻るわ」
 フローラ姫は、後は二人に任せると、カトリーヌとタムを引き連れて、広間の陰にある小部屋に入り込んだ。
 小部屋のドアを閉めて、三人だけになると、フローラ姫は床へと崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?!」