「ふんっ! ならばなぜフローラ姫は今いないのだ。ドナパール国の次期王のこの私がわざわざこんな弱小国に来てやったのだ。すぐにでも来てひれふすのが普通であろう」
「申し訳ございません。フローラ姫お付きの侍女が、トラヤヌス王子が来られるという予定を姫の予定に入れなかったばかりに、このような不祥事が生じたわけでございます」
 パーリヤは深々とひれ伏し、トラヤヌス王子の慈悲を請おうとした。王子は、面白くなさそうな顔をすると、足でひれ伏したパーリヤの持っている杖を思い切り蹴飛ばした。さすがにパーリヤも、むっとしかげたが、何事もなかったかのように、転がった杖を引き寄せ、王子にこう述べた。
「ご立腹はもっともでございます。これは確かに罪でございます。ですので、この罪の原因である姫の侍女をここに連れて来て、処刑しようと思います」
 それを聞いたトラヤヌス王子は
「ほうっ」
 と素っ頓狂な声をあげたが、先程とは打って変わって興味深そうな表情を浮かべていた。
「で、その侍女は今どこにいるんだ」
 少し機嫌のよくなった王子はパーリヤに尋ねた。
「先程人を呼びにやったので、すぐにでも駆けつけてくることと存じます」
 冷ややかな笑みを浮かべながら、パーリヤはにこやかに振る舞った。と、同時に玉座の間に急いで駆けつけてくる足音が響いてきた。
「どうやら、もう来たようでございます」
 パーリヤが得意げに言った時、玉座の間に姿を現したのは、赤いドレスのフローラ姫と、紺色のローブを目深に被ったカトリーヌと黒毛のタムだった。三人は荒い息をつきながらも、挑むような目つきでトラヤヌス王子をじっと見つめた。
 突然の来場者に、トラヤヌス王子は一瞬驚いたが、どうやら合点がいったらしく、ふっとほくそえんだ。
「これはこれは、フローラ姫とお見受けしましたが、これから侍女の処刑が行われる話をしていたところだ」
 ぱっと見は、空色のきれいな瞳で、白い肌に金色の巻き毛を垂らした彼は、優しい王子様のように見えたが、心の底は残忍な欲望が渦巻いているようだった。フローラ姫はすぐさま反旗を翻した。
「私の侍女が処刑されることなど、一切ございません! 私がこの国にいる限り、血が流れることはないでしょう」