ちらりとタムを見ながら、エミリーは尋ねてきた。
「こちらはアマンダ。私の専属魔法使いよ。その犬は彼女の使い魔なの」
 フローラ姫の言葉に、カトリーヌはえっとなったが、表情は変えずにエミリーに頭を下げた。タムもちょっと驚いた様子を見せたが、平静を装った。
「パーリヤ様がいらっしゃるのによいのですか?」
「パーリヤは、王の専属じゃない。アマンダは私の専属よ」
「さようでございますか。分かりました」
 エミリーは納得したようで部屋から下がった。
「とりあえず、今は、あなたはアマンダよ。事が済んだら、エミリーにも本当のことを話すわ」
 フローラ姫は、カトリーヌとタムにそう告げた。
「そうですか、分かりました」
「俺はこのままの姿だと、すぐにパーリヤにばれると思うから、少し魔法で毛の色を変えておくことにする」
「そうねえ、その方がいいわね」
 フローラ姫が頷くと、タムは呪文を唱え、茶色の毛を黒へと変えた。
「それじゃあ、宴の準備も整ったみたいだし、トラヤヌス王子を迎えに行くわよ」
意を決したように、フローラ姫は力強く言った。そしてカトリーヌとタムも大きく頷くと、三人は部屋を出た。
 ドレス姿のフローラ姫は、長い裾をまくしあげながら、三人の先頭に立って長い回廊を駆け抜けて行った。カトリーヌとタムもその後を追いながら、トラヤスヌ王子がいる玉座の間へと急いだ。
 一方、その頃玉座の間では、苛立ったトラヤヌス王子が、大股でうろうろ歩きながら、鋭い目つきで、フローラ姫の父である王を睨みつけていた。
「なぜいない! 姫はなぜいない! 我が国に反抗し戦禍を起こそうとしているなっ!」
「何をおっしゃる、そんなことはございませんぞ、断じてございませんぞ」
 王は、おどおどしながらもトラヤヌス王子を諫めようとした。困った様子の王の側にはパーリヤが控えており、これはまずいと思った彼女はいつもとは全く違う穏やかな声で進言した。
「さようでございます。ドナパール国は、今やこの世界を統一しようとなさる国ではございませんか。そのようなお強い国に反旗を翻すことなどございません。見ての通り、我が国バイチェスカは強い兵力もなく、どちらかというと深い森があるだけの弱小国でございます。そんな国が刃向かったところで何になりましょう。お考えくだされば分かることと存じます」