彼女がびっくりしているうちに、タムの姿は一瞬にして消え、井戸の底から彼の声が聞こえた。驚いて井戸の底をのぞき込むと、井戸の中にはカトリーヌとタムの姿があった。
「いったいどうやったの?」
「だから魔法だ。さあ、フローラ姫、急ぐんだろう」
「分かったわ。今下に行くわ」
 フローラ姫は、井戸の蓋をうまい具合に被せながら、下へと降りて行った。三人が井戸の底に集まると、フローラ姫は井戸の壁の一部をそっと押した。するとそれは小さなドアになっていて、そのドアを通り過ぎると、ずっとまっすぐ続く通路が続いてた。通路の合間合間には、ろうそくの火が灯っていた。
「ちょっと歩くけど気をつけてね」
フローラ姫がそう言うと、カトリーヌとタムはこくりと頷いた。三人は曲がりくねった隠し通路を、黙々と歩き、なんとか目的地であるフローラ姫の部屋へとたどり着いた。隠し通路の出口の場所はフローラ姫の部屋に備わっている大きな飾り棚だった。フローラ姫が飾り棚の後ろの板をはずそうとしてると、その飾り棚の向こう側から人の泣いている声が聞こえてきた。
「姫様、いったいどこへ行ってしまったの」
 それは若い女性の声だった。その声に聞き覚えのあるフローラ姫は大急ぎで飾り棚の板をはずした。はずずと、朝の光がいっぱいに射し込んできた。三人はその日の光に思わず目をしばたたいた。それからゆっくり、飾り棚の中から出てくると、大理石の床につっぷして泣いている女性がいた。紺色のワンピースにエプロン姿の彼女はどうやら侍女のようだった。
「エミリー、何を泣いているの」
 フローラ姫に、いきなり声をかけられ、目を真っ赤にした彼女は口をぱくぱくさせた。
「おっ、お姫様!!」
 ようやく声が出ると、涙に濡れた頬を拭った。
「姫様、いったい今までどこに行かれてたんですか!隣国のトラヤヌス王子がもうすぐお越しになるとのお話です。それなのに姫様が行方不明で。王様はかんかんで、もし姫様が見つからなかった場合は、私を処刑すると言われたんです。私はもう駄目かもしれないと思ったんです」
「それはきっと王の命令じゃないわね。どうせパーリヤが進言したのよ!」
 フローラ姫は、いらいらした様子でそう言った。
「パーリヤは城に来てるの?!」
「はい、お越しになってます……」
 エミリーの言葉に、カトリーヌは固まった。