手鏡は裏面には、見事な銀細工の彫刻がほどこされていて、おそらく高貴な人の持ち物だったろうと思われる品だ。これはカトリーヌにとって唯一の宝物であった。その宝物の手鏡には、フローラ姫と瓜二つの顔が映し出されていた。これが何よりの証拠だった。他人の空似とは思われないほど、そっくりなのは、そういうことなのだと思えば、一番しっくりくるのだ。自分に家族が存在する。天涯孤独だと思っていた自分に、姉が、そして父もいることが判明したのは、ある意味喜ばしいことだった。嬉しいのか、自分は……。フローラ姫に肩を抱かれた時、胸がどきどきした。そして今も胸の辺りが温かい。姉と呼んでいい人ができたことはすばらしいことだった。
 その一方で、ある意味育ての親のようなパーリヤが、自分にやってきたことを考えると、このあと、どうパーリヤと向き合っていいのか、ほんとのところ分からなかった。フローラ姫は、いつも通りにしててと言っていたが、心の中から、悲しみが溢れ、一方で荒々しい憎しみが初めて芽生えていた。カトリーヌはどんな人だとしても、憎みたくはなかった。彼女は、たくさんの本を読んでいて、あることを悟っていた。人は生まれながらにしての悪人はいないということを。最初から悪人でない人が、何かをきっかけに悪に走ってしまう、それはその人自体が悪いわけではない。そう彼女は信じていた。けれどもその信念も、パーリヤの前では消え去ってしまいそうだった。
 どこをとったら、彼女は悪くない人と言えるだろうか。カトリーヌの胸に重苦しい何かが、のしかかってきた。ふと気づくと、やかんがしゅっしゅっと音を立てている。カトリーヌは慌てて、やかんをおろすと、お茶を淹れた。彼女はともかく心を落ち着けようとして、月夜の花のお茶をぐっと飲み干した。すると胸のつかえが少しとれ、心に静寂が訪れた。嫌な考えが、すーっと消え、彼女はもっと建設的な何かをしようと思った。例えばそれは、デリザスに背中を引っ掻かれた時にできたワンピースの破れを直すことだった。