「あなた様はひょっとして、フローラ姫の母君マリア王妃では?」
 宙に向かって、タムは呼びかけた。
『その通り 私はバイチェスカ国の王妃マリアです』
「母だなんて、嘘だわ! 母は私が物心つく前に亡くなったんですもの」
 息巻いて言うフローラ姫に、マリア王妃は言った。
『確かに私は亡くなりました。そして私は知ったのです。パーリヤにしてやられたことを』
「パーリヤにですって?!」
 フローラ姫は顔色を変えて叫んだ。
『私の食事に少しずつ毒を盛ったのです。そうして私は死に絶えました』
「でも…。でもなぜでしょうか。パーリヤさんは、なぜ王妃様を殺したのでしょうか」
 腑に落ちない様子でカトリーヌが訊くと、マリア王妃はこう答えた。
『私は王妃でありながら魔法使いでもありました。なので私がいると城の専属お抱え魔法使いとしての彼女の働き口がなくなってしまうのです。それとともに私の魔力も彼女は欲していた。魔力を手に入れるために私を殺し、私の一番思い入れの強いこのピアノを手に入れた』
「思い入れの強いピアノ?」
 眉間にしわを寄せながら、フローラ姫は鸚鵡返しに訊いた。
『あなたは知らないでしょう。私は魔法も得意でしたが、ピアノも得意でしたのよ。だからピアノには愛着があるのです』
 それを聞いたカトリーヌは、大きく頷いた。
「この間読んだ魔法の本に書いてありました。相手の魔力を奪うには相手が一番大事にしているものを封印しなければいけないと」
『その通りです。パーリヤはそれを実践したのです』
「でも王が、母の大事な形見をパーリヤになんかにやるのかしら」
『そうですねえ……。誰もがそう思うところですけど、パーリヤは言葉巧みに王に言い寄り、形見のピアノから遠ざからないといけないと忠告したのです』
「どうして、そんな見てきたようなことを言えるの?」
 まだ半信半疑のフローラ姫は、マリア王妃に尋ねた。
『幽霊になると、どんなところでも行けてしまうし、聞こえてきてしまうものなのです。私は宙に浮きながら、王とパーリヤのやりとりを実際聞いたのです』
 言葉の終わりの方は、とても切なそうな声だった。そうして彼女は言葉をもうひとつ付け加えた。
『それから彼女の悪巧みの気持ちも手にとるように分かってしまうものなのです』