フローラ姫は、そう言うと、グランドピアノの椅子に座った。ピアノの蓋は既に開いていて、あとはもう弾くだけになっていた。彼女は指を鍵盤におくと、物悲しげな音色をさざ波のように打ち鳴らした。カトリーヌは徐々に高まっていくピアノの音を聴きながら、うっとりした。先程の歌も素敵だったが、このピアノとかいうものは、更に超越していた。美しいメロディーが流れていくうちに、この旋律はどこかで聴いたことがあるとカトリーヌは思った。
「なるほど、これは先程の歌と同じものだな」
タムが、そう言って唸ると、カトリーヌは、はっとした。さっきフローラ姫が歌ってくれた歌と同じメロディーであることに彼女も気づいたのだ。同じものであるけれど、全く違うものに聞こえ、カトリーヌは更にびっくりした。尚且つフローラ姫の指が、目にも止まらぬ速さで、鍵盤を軽やかに叩いていくさまは、音楽とともにカトリーヌに感動を与えた。あのか細い指から、こんなに素敵な音色を醸し出すなんて、まるで魔法みたい。
 それからフローラ姫はピアノを弾きながら、先ほどの歌を歌い出した。
『いつかたどりし まだ見ぬ大きなる大地
海の向こうに 何があろうとも
おお 懐かしき 故郷よ』
 ピアノの音はゆるやかな小川のように流れ、

『父よ母よ いつかまた
我戻るその日を信じ 
勲をあげよう 青き竜を追う
羽ばたく翼 赤き炎』
 鍵盤は勇ましく力強く叩かれ、フローラ姫の指は速まった。
『地に落ちながらも
我が心 いざ行かむ
おお 懐かしき 故郷よ
月が沈み 悲しみに覆われても
我が心は 安らかに眠る』
 ピアノは激しく叩かれ、次の瞬間弱々しい悲しげな音色へと変わっていく。そうして余韻を伴いながら、曲は終わりを告げた。
 ピアノと歌声のハーモニーに、カトリーヌは感動で声をつまらせた。その時だった。どこからともなくフローラ姫の歌声ではない別の歌声が聞こえてきた。
『私はマリア 永久に眠れず悲しみに覆われたまま』
「誰っ?!」
 ピアノを弾き終わったフローラ姫は慌てて椅子から立ち上がり、辺りを見回して叫んだ。
『恐れることはないですよ 私のかわいい娘』
 またその声が歌うようにしゃべった。声は…井の方から聞こえてきたが、誰の姿も見えなかった。
「マリア……」
 タムも驚いていたが、その名を呟き、難しそうに唸った。