そう言って、フローラ姫は開いたドアの向こう側を指差した。部屋は暗闇と静寂に包まれていたが、いつか誰かがこのドアを開け放つのを待っていたかのようにも見えた。その証拠に、部屋の奥からかすかな香りが漂ってきた。
「この香りは、眠れし時の花の匂いです。部屋の中に誰かいるのでしょうか」
カトリーヌは怪訝そうな顔をした。
「行きましょう! 部屋の中に。でもこんなに真っ暗じゃあ、歩くのも大変ね」
 いても立ってもいられそうな様子でフローラ姫は勢い込んで言った。
「廊下を照らしているろうそくを借りてきましょう」
 カトリーヌはすぐさま廊下へ行き、ろうそくと、ろうそく立てを一本持ってきた。
「それでは行きましょう」
 カトリーヌを先頭に三人は、その開かずの間の中へと一歩踏み出した。まず最初に入った部屋は、がらんとしていて家具らしきものは何も配置されていなかった。ろうそくで、隅から隅まで見渡したが、何も見あたらなかった。フローラ姫は失望を露わにした。
「おお! なんてこと。ここまで来たのに何もないなんて」
 泣き出しそうな様子のフローラ姫に、カトリーヌは慌てて言った。
「待ってください。ここに何かあります」
 カトリーヌはろうそくを掲げて、それを見せた。
 それは壁にかけられた大きな肖像画だった。頭に冠を抱いた女性は焦げ茶色の髪を頭に巻き、手には王錫を持ち、青色の豪華なドレスに身を包み、にっこりと微笑んでいた。優しげな灰色の瞳は、どことなくフローラ姫を思わせた。
「これは王妃様ですか?」
カトリーヌは、絵にろうそくの火を照らしながら、訊いてきた。
「そうね、これは私の母の肖像画だわ。でもなぜ魔女の塔にあるのかしら……」
 フローラ姫はかぶりを振りながら、唸った。そのあと三人は部屋の隅から隅まで調べたが、あとは物らしいものは何一つなかった。
「困ったわね」
「この部屋の後ろに、また別の部屋があったりしないんでしょうか」
「隠し部屋ってことね」
 カトリーヌはこくりと頷いた。
「そうなると、ドアはどこにあるのかしら。もう一度探してみましょう」
 三人は再び探してみたが、ドアらしきものは見あたらなかった。
「ここで探索も終わりになっちゃうのかしら」
フローラ姫がため息をつくと、タムが鼻をくんくんさせながらこう言ってきた。