できれば、さっきのような状況の幻は見たくないカトリーヌだったが、フローラ姫から頬をつねっていいと言われたので、安心した。それにしてもとカトリーヌは思った。パーリヤが自分に死を宣告した幻は、ずいぶんと本物のように感じられた。
『馬鹿な奴だ。死ぬのはおまえだ、カトリーヌ』
 幻が言った言葉が、頭の中を反芻していく。単なる幻の言葉なのに、カトリーヌは以前どこかでその言葉を聞いたような気がして、落ち着かなかった。
「そろそろ進んで平気かしら」
 ここでとどまるわけにもいかず、フローラ姫はカトリーヌに訊いてきた。
「もちろんです。行きましょう」
 カトリーヌは改めて意思を固めると、自らかい段の先頭に立って、上り出した。それを見たフローラ姫は声をかけた。
「あまり無理しないでね」
「はい、そうします」
 しかしその後、カトリーヌは、何度も何度も幻を見る羽目に陥った。いろんな幻が出てきて、彼女を苦しめた。幽霊も出れば、ドラゴンも出た。一番ひどいのは、悪魔だったが、カトリーヌは幻の中で、天使を呼び寄せ、それをなんとか撃退することができた。唯一撃退できたのはそれぐらいで、あとは幻にやりたい放題やられてしまった。実際に傷を受けていたとしたら、カトリーヌの命はなかったに違いない。けれどもそれは、偽りの傷だったから、大丈夫だったのだ。それでも、カトリーヌの心は疲弊していた。
「心の傷につける薬があるといいのにね」
 カトリーヌを気遣って、フローラ姫がそう言うと、カトリーヌは重い口を開いた。
「あることはあります。ただそれを作るのが大変なんです」
「下の地下倉庫にはないのね」
「保存ができる薬ではないんです。作ったらすぐになくなってしまう薬なんです」
「そう、それはちょっと使えないわね」
少し期待していたフローラ姫は、がっかりした。
「最上階はもう一階上ったところだ。上り終わったら、休もう」
 タムも気にかけてそう言ってくれた。
三人はなんとか最上階まで上り終えると、その階の廊下を見つめた。廊下は今まで上ってきた階の廊下と、なんら変わっているところは見受けられなかった。一続きの廊下が続き、右側にも左側にも幾つもの代わり映えのしない茶色のドアが続いていた。
「それでどこの部屋が開かずの間なの?!」
 フローラ姫が興奮気味にそう訊くと、タムは落ち着いた声で答えた。