フローラ姫は悲鳴をあげて、カトリーヌに懇願してきた。幻だと思っていても、それはずいぶんとリアルで、フローラ姫はとても苦しそうだった。足が木の中へと入り込んでしまうと、今度はフローラ姫の上半身も徐々に木へと変わっていこうとしていた。カトリーヌは頭では分かっていたが、放っておけなくなって、彼女の元へと駆け寄った。カトリーヌは急いでひもをほどこうとした。するとどうだろう。どこからともなく別のひもが、カトリーヌの体に巻きついてきて、フローラ姫同様に木に縛りつけられてしまった。苦しんでいたフローラ姫は、急に表情を変えた。
「愚かだな」
 そんな声が轟き、フローラ姫だと思っていた人物は、いつのまにかパーリヤの姿へと変わっていた。
「馬鹿な奴だ。死ぬのはおまえだ、カトリーヌ」
不適な笑みを浮かべ、パーリヤがそう言うのと同時に、カトリーヌの体がみるみるうちに木へと変わっていった。カトリーヌは恐怖のあまり叫び声をあげた。
「カトリーヌ、カトリーヌ! しっかりして!」
再び気がつくと、タムとフローラ姫が、カトリーヌの顔を覗き込み、心配そうに見つめていた。
「ずいぶんと幻に惑わされていたみたいだけど、大丈夫?」
「一階ごと上る度にこの調子だと、最上階行くまでには、へとへとになりそうだが、平気か、カトリーヌ」
タムは難儀そうな表情を浮かべ、カトリーヌの体を気遣った。
「大丈夫です。それより前に進みましょう」
 カトリーヌは、二人の心配をよそに、自分がどうにかなってしまうよりも、隣国の王子の命が奪われてしまうことの方が一大事だと思った。もし、自分がここでもたもたしたせいで、パーリヤの陰謀を阻止することがきでなかったら、自分は一生後悔するだろうとひしひしと感じていた。
「それより、今回はどんな幻を見たの?」
 フローラ姫に訊かれ、カトリーヌは言葉に詰まった。まさかフローラ姫に扮したパーリヤが出てきたとも言えず、困ったように足下を見つめた。
「あら、私が出てきたのかしら」
 察したフローラ姫が言った。
「この次幻に私が出てきたら、私の頬をつねるといいわ。幻だったら、つかめないはずだから」
「お姫様の頬をつねってもいいんでしょうか」
カトリーヌが不安げに訊くと、フローラ姫は大きく頷いた。
「いいのよ、非常事態なんだから」