「ここの幻術はかなり巧妙にできているからな」
 タムがそう言うと、カトリーヌは慌てて自分の腕や足を見た。しかし先程傷つけられた傷は何一つ見あたらなかった。
「私だけ幻を見たのでしょうか」
「あら、私も見たわよ。でも私の場合はゴブリンだったけどね」
「俺の場合はガーゴイルだったがな」
「見る人によって見るものが違うんですね。でも二人は痛い目に遭ってないんですね」
 カトリーヌが腑に落ちない表情を浮かべると、フローラ姫は言った。
「すぐに幻だと思ったから、ゴブリンをさんざんののしってやったのよ。そしたら、あっというまに幻が消えたわ」
「俺は臭いで、すぐに幻だと分かったから、ガーゴイルが全く見えないふりをして、やり過ごしたら、消えた」
 二人の言葉を聞いて、カトリーヌは、少ししょげた。
「私だけ撃退できなかったんですね」
「信じやすい性質の者は幻術にかかりやすいんだ。それはおまえにとっての短所であり、長所でもあるわけだから、まあ、気にするな」
 タムがそう言うと、カトリーヌは肩を落としながらもこくりと頷いた。
「落ち着いたら、また上へ行くわよ」
「今度は気をつけます」
 カトリーヌは肝に銘じつつ、慎重に次の階に通じる階段を何段か上った。
 するととたんに、また情景が変わった。今度は大きな木の前にいた。見るとフローラ姫がその木に体ごとひもで縛り付けられている。彼女はぐったりと頭を下げている。
カトリーヌは自分の心に言い聞かせた。
『これは幻。無視しよう』
 それで、フローラ姫の姿を見なかったことにして、その場を立ち去ろうとした。するとフローラ姫が呻いた。見ると、フローラ姫の体が木と同化し始めた。足下から徐々に彼女の足はみるみるうちに木へと変化し出した。
「お願い、助けて!」