「ごめんなさい! 騙すつもりはなかったの。でも本当の名を言ったら連れ戻されると思ったの」
 エリザベスも殊勝な顔をして、二人に頭を下げた。
「それでは、あなたは誰なの?」
 まだびっくりしたままのカトリーヌは、震える声で訊いた。エリザベスはしばらく沈黙した後、二人を交互に見ながらこう答えた。
「私の名はフローラ」
「ただのフローラではあるまい」
 タムは厳しく問いただした。
 彼女は頷いた。
「その通りよ。私はフローラ姫」
「おっ、お姫様なの?!」
 今度はカトリーヌが口をぱくぱくさせ、目を白黒させた。
「なぜ、お姫様がお一人で森を歩いていたんですか」
「そっ、それは……」
 フローラ姫は苦悶の表情を浮かべながら、言葉に詰まった。
「俺らはそなたの敵ではない。パーリヤに言いつけたりはしない」
「それは本当なの? あんたはパーリヤの使い魔だと聞いているけど、信用していいのかしら」
 眉をひそめながら、フローラ姫はぎろりとタムを睨みつけた。
「心配するな。俺は奴の言いなりの犬ではない。確かにパーリヤに弱みを握られ、使い魔の契約を結ばれたが、心までは支配されていない」
「なら、信用していいのかしら、本当に」
 繰り返して訊いてくるフローラ姫に、カトリーヌは神妙な面持ちで答えた。
「それなら大丈夫。タムはガリヤみたいに告げ口したりする使い魔ではないから」
 少し心の距離を置いた様子のカトリーヌを見て、フローラ姫は頭を振った。
「分かったわ。全部話すわ」
 一呼吸すると、フローラ姫は、話し出した。
「私の父は、パーリヤの言いなりなの。パーリヤはこの国をもっと大きくしようと思って私に政略結婚の話を持ってきたのよ。相手は隣国の王子、トラヤヌス王子。私が結婚すれば、隣国の領土もこちらの領土になるわ」
「しかし、結婚しても王子が王になれば、自動的にこちらの国は隣国の領土になるのではないかな?」
 フローラ姫は首を振ると、こう告げた。
「私が女王になれば逆でしょ」
「しかし王がいるのにどうやって……」
 タムが首を傾げて怪訝そうな目を向けると、フローラ姫はこう話した。
「そこらへんは、パーリヤは策士だから、結婚した後にトラヤヌス王子に毒でも盛って、暗殺するつもりなんだと思うわ」