「それはそうですよ。この図書室には魔法がかかっているんです。本があるだけその分広がっていくようになっています。私も本棚の一番最後の棚まで歩いて行ったことはありません。その先に何があるのか、私も知らないんです」
 カトリーヌが、なんなくそう言うと、エリザベスはとても驚き、思わずうわずった声で訊いていた。
「じゃあいったいどうやって一番最後の棚に置いてある本を手に取ることができるのかしら?!」
「そういう時は、タムが魔法を使って、本を取り出してくれます」
「タム?」
 エリザベスがタムって何って訊く前に、一匹の中型犬が本棚の列の間からやって来た。耳のたれた茶色の犬は、カトリーヌを見ると、穏やかそうな声でしゃべった。
「おお、カトリーヌ。今日はまたずいぶんと珍しい友達を連れてきたんだね」
「友達?」
 今度はカトリーヌが面食らったが、エリザベスを見て納得した。
「そう、友達のエリザベス」
「ほう! エリザベスというのかい、その子は」
 タムはしっぽを振りながら、エリザベスに近づき、鼻をくんくんさせた。
「おやおや、そんな臭いはしないがね」
「臭い?」
 カトリーヌは不思議そうな顔をした。
「臭いってどういうこと」
 エリザベスは、一瞬びくりとしたが、なんでもなさそうな声でタムに訊いた。
「俺の鼻が言っている。そなたはエリザベスでないと」
「なっ!」
 エリザベスは驚きとともに叫んだ。
「なっ、何を根拠にそんなことを」
 彼女は口をぱくぱくさせ、息を呑み込んだ。
「どういうこと?!」
 びっくりしたのは、カトリーヌだった。エリザベスとタムを見比べながら、狐につままれた表情を浮かべた。エリザベスと名乗った彼女が嘘をついている。それはあり得ないことに思えた。カトリーヌは今まで生きてきて、疑うことを知らなかった。それが故に、悲しい気持ちがいっぱい溢れ出し、とたんにカトリーヌの目には涙が浮かんだ。それを見たタムは、むっとした態度をとり、歯をむき出すと、エリザベスに迫った。
「そなた、カトリーヌを悲しませるとは許せぬぞ。いったい何をたくらんでいるんだ! いや、俺には分かるぞ、おまえが何者かは」
 タムは賢そうな黒目を鋭く光らせ、その優秀な鼻をぴくぴくさせた。するとエリザベスは縮みあがりながらも、カトリーヌに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。