エリザベスは今度こそ本当に青いドアを開けるとその中へと入り込んだ。カトリーヌも後から続いて入ると、そこにはもうパーリヤの姿はなく、使った鍋や瓶、フラスコなどが台所の作業テーブルに、薄汚れたまま置きっぱなしにされていた。魔女は全く片づけもせずに慌てて城へと行ってしまったようだった。カトリーヌはパーリヤと鉢合わせしなかったことに胸をなでおろしながらも、きょろきょろ辺りを見回しているエリザベスに気を配った。
「ねえ、この草みたいのは、食べ物じゃないの」
 天井から幾つもぶらさがっている薬草を、ひっぱりながら、エリザベスはカトリーヌに訊いた。
「それは魔法を調整する時に使う薬草です。下手に食べたら、身体に異常を来たしますよ」
 カトリーヌは慌てて、エリザベスの手から薬草を離させた。
「まあ、そうなの。ところで、この瓶づめの蛙や蛇やらトカゲは食べたりするの」
 作業テーブルの前に置かれている棚の中には、いろんな瓶づめが並んでいる。蜘蛛やムカデといった昆虫類も、得たいの知れない緑色の液体に漬け込まれている。さすがにそれは食べたくないはという表情のエリザベスにカトリーヌは言った。
「それも食べたりはしません。魔法で必要な成分なんです」
「どうもここは台所というより、研究所みたいなところね。とてもじゃないけれど、ここにはごちそうは置いてなさそうね」
「それはそうですね」
 カトリーヌも苦笑しながら、頷いた。そもそも彼女もこの場所でパーリヤが食事をしているところを見たことがない。しかし……。
「ところでさっき言ってたデリザスっていう猫はどこにいるの。その猫はここで料理を作るの」
「デリザスはここではなく、彼女の部屋の猫部屋で料理するんです」
「じゃあ、その猫部屋に行けばごちそうがあるんじゃないの」
「彼女はよほどなつかないと、部屋に入れてくれません」
 カトリーヌは困ったように、エリザベスを見つめた。
「だってカトリーヌなら、慣れてるんだから入れてくれるでしょ」
「それが……。私の身体には犬の匂いがついているみたいで、あまり入れてくれないんです」
「犬?」
「そう、犬です。この塔にはもう一匹使い魔がいます。それが犬なんです。私はどちらかというと、犬のタムと一緒にいる方が多いんです。そのせいか身体に犬の匂いがしみついているみたいなんです」