――デカ女ブーム。

 ここ最近、突如としてSNS上で出現したブーム。
 要約すると、高身長な女性とデートしたい……とか、手を繋ぎたい……とか、付き合いたい……とか、ポジティブな内容のブームだ。
 身長が2m強もある"西高の大巨人”こと私、天宮茜にもようやく春が来たと思った。
 実際のところ……そう思っただけで終わった。 
 SNSやネットニュースでは散々ちやほやされているくせに、私だけ未だにその恩恵に預かれていないのだが?

「ごめん……気持ちは嬉しいんだけど……。俺、自分より大きな娘はちょっと……力も強そうだし」
「……なんで私がフラれたことになってるのかしら?」

 そのセリフに、思わず顔がピクピクと引きつった。
 目の前にいるのは、照れた様子で話す隣の組の男子A(名前は知らない)。
 立地は体育館の裏。
 時間軸は放課後。
 まさしく、告白のベストシチュエーション。
 だがしかし!
 な・ぜ・か、私がこの男を好きだという噂が流れ、これまたな・ぜ・か、私がフラれた形になった。
 単純な質問を返しただけなのに、男子Aは絶望の表情を浮かべる。

「く、食わないでください……」
「は?」
「お、お願いだから食わないでえええ! お、俺は可愛い女の子と添い遂げるまでは死ねないんだあああ!」

 男子Aは逃げるようにどこかへ走り去る。
 もう何度見たかわからない光景に、私は静かにため息をついた。

 幼少期から身体がデカかった私は(なんと、小6で170cm!! ……マジか)、開き直って総合格闘技を習った。
 結果…………クッソごつくなった。
 肩幅は水泳選手以上に広くなり、首は恐ろしく太くなり、太ももなんて木の幹みたい。
 鏡を見るたび、私は思う。

 ――……人間ってこんなに成長するの?

 はっきり言って、少々努力しすぎた。
 ここら辺で可愛いと有名な西高の制服でさえ、私のパンプアップされた筋肉は隠しきれない。
 夏服とかマジでヤバい。 
 実はプロ契約のスカウトも来ちゃったんだよね。
 少しでも女子らしさを出すため、髪を肩くらいまで伸ばしているものの、それが逆に怖いらしい。
 ……どうすればいいのだ。
 努力の方向性を間違えた後悔にさめざめと涙を流していると、木陰からひょこっと女の子が顔を出した。

「茜っ」
「……桃花」

 少女はポニーテールにした髪を揺らしながら私に駆け寄る。
 私の前に立つと、いつものように助言をくれた。

「あんなに凄んじゃダメだよ。ただでさえ圧がパないんだから。たとえて言うなら、mk5みたいだったよ」
「う、うん……ごめん」
「は? じゃなくて、せいぜいアウトオブ眼中、って言った方がまだマシだったね。まぁ、あの男子AもKYすぎるけど」
「桃花、アドバイスはありがたいけど……どれも死語」

 一昔前の死語を多用するのは、同じクラスの中村桃花ちゃん。
 小学生の頃から巨人の私に付き合ってくれる親友だ。
 デカ女と呼ばれる私を何度も守ってくれた。
 本人は身長は157cmほどと、男子にとっても女子にとってもちょうどいい高さ。
 私から見ると本当にリスみたいに可愛くて、毎日癒やされると同時に、手が届かない存在というものを実感しているね。 
 桃花は私の腕橈骨筋(前腕の親指側にある筋肉)を触りながら話す。

「ねえ、この後暇? 気分直しにパフェでも食べに行こう。学校の隣駅に新しいお店できたらしいよ」
「へぇ、いいね。もちろん行くよ。……そういえば、桃花はずっと木陰に隠れていたの? 私と男子Aが話し始める前から?」

 歩き出した彼女に尋ねると、小さな背中がピクッと動いた。
 しばしの沈黙の後、ギギギ……と軋むような音を立てて桃花は振り返る。

「い、いやぁ、親友の告白されシーンなんて、そうそう見過ごせないですからなぁ。いざとなれば、援護射撃する所存でござった候。さ、さあ、茜殿。パフェが我らを待っているぞよ。急がねば~」

 桃花は慌てた様子でパタパタと小走りになる。
 きっと、場所や時間などめざとく把握したんだろう。
 これもまたいつものことだ。
 まぁ、よき友人がいてくれて嬉しい。
 しかし……。

 ――私にピッタリなデカ女ブームが来てほしいものだね。

 やれやれと思いながら体育館の角を曲がったとき…………私は白い空間にいた。
 前も空も地面も、ついでに言うと後ろも真っ白。
 突然の事態に激しく混乱した。

 ――……え!? ここはどこ!? 学校は!? 桃花は!?

 今気づいたけど、地面には魔法陣みたいな模様が浮かんでいる。
 な、なんじゃこれは!
 混乱する中、ふと目を上げるとそこには……。

「も、桃花!」

 目を閉じた桃花が、水晶みたいなガラスに閉じ込められている。
 大変だ! 今すぐ助けなければ……!
 でも……身体が根ざしたように動かない。
 ど、どうして……!

「桃花! 桃花ー!」

 大事な友の安否を確かめることさえできず、私は白い光に包まれた。


 □□□


「「……ですか? 大丈夫ですか? 聞こえますか?」」
「……うっ」

 どこからか声が聞こえ、急速に意識がはっきりしてきた。
 目を開けると、石造りの天井が見える。
 どうやら、私は寝ているようだ。
 まだ身体が重く力が入らない。
 ここはどこだろう……とぼんやり考えていたら、神官みたいな数人の男女がザザッ! と覗き込んできた。

「「目が覚めましたか!?」」
「うわぁっ! だ、誰!?」
「「やったあああ! 成功だああ!」」

 驚きとショックで身体も目も覚めた。
 起き上がると、神官を思わせるような中世ヨーロッパ風な格好をした人が五、六人ほど私の周りにいる。
 神官(だよね?)の他にも、さめざめと涙を流す執事っぽいイケオジまでいた。
 床にはあの魔法陣まで……。
 唖然とする私をよそに、わあああっ! と盛り上がるみなさん。
 な、何がどうなっているの……?
 取り残されたような気持ちになっていると、凜とした子どもの声が響いた。

「みなさん、喜ばしいのはわかりますが、そんなに騒いでは聖女様が驚いてしまいます。一度落ち着きましょう」
「「! 申し訳ございませんっ、失礼いたしましたっ」」

 子どもの声が響いた瞬間、神官たちとイケオジはザッ! と横に移動した。
 視界の前方が開ける。
 壁には豪華なタペストリーがかけられていたり、どことなく王様の城みたいだ。
 赤絨毯の敷かれた階段が十数段のび、一番上には小さな玉座が置かれていた。
 そして、そこには……。
 頭の左サイドに短い三つ編みを垂らした金髪に、丸っこい青色の瞳をした可愛いショタがいた。
 コツコツと静かに階段を降りる。

「初めまして、聖女様。僕はグラヴェロット帝国の皇子、マルコと申します」
「お、皇子様!? わ、私は天宮茜です。よろしくお願いします。……って、グラヴェロット帝国ってどこでしょうか。しかも、日本語が……」
「聖女様、どうか落ち着いて聞いてください。まず、ここはあなたが生きていた世界とは、まったく別の世界なのです」
「ええっ!?」

 マルコと名乗った皇子様は丁寧に、今の状況について説明してくれる。
 どうやら、私は漫画やアニメでよく見る“聖女召喚”をされたらしい(日本語が通じるのは、召喚によって女神の加護を受けたから)。
 私たちがいるのは、グラヴェロット大帝国という巨大な大陸を丸ごと支配する国。
 大陸の領土は百人(!? 皇帝陛下、すげぇ元気だね……)いる皇子にひとつずつ分配され、それぞれが領主のような役割をしているとも。
 マルコ様は一番下の第百皇子だった。

「僕たち皇子は今、“帝位継承争い”の真っ只中にあるのです。我がマルコ領は国内最弱でして……聖女の茜様にぜひお力を貸していただきたいのです」
「そ、そうなのですか」
「物騒な理由で申し訳ありません。そして、どうかもっとくだけた口調でお話しください。十歳の僕よりずっと年上でしょうから」
「わかりまし……わかった。その代わり、マルコ……君も私のことは茜って呼んで」
「はい。茜さんはお優しい方ですね」

 まだ“聖女召喚”などのショックが冷めやらぬものの、マルコ君のニコリとした笑顔を見ると心が安らいだ。
 マルコ君は真剣な顔に戻って話す。

「ここからが重要なのですが、我が国は魔導兵器――"神聖軍機"……茜さんのいた世界では"巨大ロボット"と呼ばれる魔導具の開発が発展しており、"帝位継承権争い"でもこの"神聖軍機"が使われます」
「ロ、ロボット……」

 そう言って、マルコ様は更なる詳細を説明してくれた。
 ファンタジー風な世界だけど巨大ロボットがあり、自分で操縦して皇子同士が戦うらしい。
 領地が隣同士の王子と戦い、勝つと相手の領地が貰えて豊かになるとのこと。
 気が付いたら、マルコ君は硬い表情で拳を握っていた。

「僕が治めるマルコ領は国内最小で土地も貧しく、領民には苦しい思いをさせてしまっています。だから、少しでも領地を大きくして、領民に良い生活を届けたいのです」
「そう……なんだね」

 そういえば、神官もイケオジもどことなく疲労が滲んで衣服もボロい。
 マルコ君の言うように、領地の貧しさが伝わるようだった。

「そして、茜さんにはもう一つ重要なお知らせがあります……爺、映像を」
「かしこまりました」

 イケオジがおそらく魔法で空中に映像を出すと、私が思わず息を呑んだ。

「も、桃花!」

 大きな水晶の中に、桃花が閉じ込められている。
 目を閉じており、気絶しているようだ。
 動揺する私にマルコ君が淡々と話す。

「やはり、茜さんのお知り合いだったのですね。僕の父上……要するに現皇帝が、“帝位継承権争い”の副賞として、彼女を“聖女召喚”したのです。偶然、僕たちの“聖女召喚”とタイミングが重なったようです」
「桃花は生きているの!?」
「ご安心ください、生きてます。今は特殊な魔法で眠っている状態です。“帝位継承権争い”を勝ち上がり、次期皇帝となった者に贈られる運びとなっています」
「そっか、生きてはいるんだ……」

 生きていると聞き、とりあえずはホッと胸を撫で下ろす。
 反面、マルコ君は厳しい顔のままだ。

「茜さん、まだ安心はできません。僕たち皇子は百人もいるので、中には邪な人物もいます。そういった輩の手に桃花さんが渡ると思うと、僕も気が気じゃありません」

 マルコ君に言われ、私もハッとする。
 たしかに、その可能性もあるわけか。
 となると、桃花を確実に助けるには“帝位継承権争い”を勝ち上がらないといけない。

「でも、マルコ君。私、ロボットなんて操縦できないよ」
「問題ございません。僕が治めるマルコ領は国内最小で、"神聖軍機"を製作する資源や技術はありませんでした。そこで、特例として"聖女召喚"が認められました。召喚された聖女には、特別なスキルが宿るのです」
「な、なるほど」

 特別なスキルと聞き、ある種の予感に襲われる。
 ま、まさか……?
 ゴクリと唾を飲む私に対し、マルコ君は輝く瞳で高らかに告げた。

「茜さんのスキルは……【巨大化】です! 20m級まで大きくなれるんですよ!」

 ……そうだと思っていたよ。
 私はどこまでデカくなるのか。
 ある種のやるせなさを感じる中、マルコ君は真剣な眼差しで言った。

「お願いします、茜さん。僕たちに力を貸してください。巨大ロボットの代わりに戦ってください。急で本当に申し訳ないのですが、明日第99皇子と決闘することになっているのです」
「え、えええーっ!? 明日ぁ!?」
「「私どもからもお願いいたします、茜様!」」

 マルコ君と一緒に、神官もイケオジたちも頭を下げる。
 やっぱり、まだ心がついてこない。
 でも、次の瞬間には自然と決心を固めていた。
 桃花を助けるためにも、そしてマルコ君たちを助けるためにも、私は戦わなければならないのだ。

「私……頑張るよ。マルコ君のためにも、桃花のためにも……」
「ありがとうございます、茜さん。僕も精一杯援護いたしますので」

 覚悟を決め、マルコ君と握手を交わす。
 私のゴツくてガサついた手と違い、見た目通りの柔らかくてスベスベなおててだった。