「気持ちはどうしようもない。僕も頭ではわかっているんです。でも……。そうだ、五島さん、今日は仕事やめて、飲みましょう!」

 花田君は急に声を明るくして言った。

 きっと無理してる。

「花田君、仕事があるんじゃないの?」
「えっと、実は五島さんと二人になれそうだったから残ったんです」

 花田君の気持ちがいじらしくて、切なくなる。

「……そうなの?」
「です。ね? 二人でぱーっと飲んで嫌なことを忘れましょう!」

 私は複雑な気持ちになった。

「それで花田君は気が晴れるの?」
「っ。痛いところ付いてきますね。いいじゃないですか。晴れるかもしれない!」

 そうね。飲むのもいいかもしれない。お互い失恋同士。

「一人で飲むよりかはいいかもね。酔いつぶれたら置いて帰るから」
「五島さん冷たいですね」
「今わかったの?」

 私たちは事務所を後にして、近くの焼き鳥屋に行った。

「僕はですね~、五島さんの一番になりたかったんですよ~」
「はいはい」
「でも、しばらくは無理そうなので、一番の友達になります~」
「先輩捕まえて、友達ってどうなの?」
「いいじゃないですか~。なんでも相談にのりますよ~」
「こんな調子じゃ相談したくないわね」
「またまた~」

 つぶれるまでは飲んでいないものの、酔っ払った花田君をタクシーに乗せて、私は近くの地下鉄の駅まで歩いた。

 なるほど。誰かと酒を飲むと少し心が軽くなった。

 しばらくはこのままでいいと思えた。私が勝手に課長に横恋慕していてもいいじゃないか。迷惑さえかけなければ。

「でも不倫はもうこりごりね」

 小さくつぶやく。 

「次は生産的な恋をしよう」
 




 花田と私が恋人として付き合い始めるのはこの日から二年も先のことだ。
 

                                 了