花田君が強引に私を抱きしめた。

 若い力には容赦がなく、またほのかに残るタバコの香りもない。課長のような包容力を感じられない。

 そう一瞬で思って、課長の身体を思い出した私の目には、涙が浮かんだ。

「五島さん?」

 花田君が抱きしめていた力を解いて、私の顔を見た。その花田君の顔が歪む。

「課長を思って泣いてるんですか? どうして課長じゃないとだめなんですか? 年上だからですか?!」

 それもあるだろう。でも、私は課長を好きになったのだ。そよぐ風のようにさりげなく優しい武田課長。

「好きになるのに理由なんてない。だって好きになってから気づいたのだもの」

 私の言葉に花田君が一瞬口をつぐむ。

「っ。でも、僕だって五島さんを好きになってしまったんだ!」
「おばさんだよ? 私」

 そう言って、私ははっとした。課長と同じことを私は言っている。
 でも花田君への想いは、私には微塵もない。

 重なる。課長と自分が重なる。

 課長は? 課長はどうだったのだろう。愛の一つだと言ってくれたけれど……。

「……さん。聞いてますか? 五島さん」
「え?」

 花田君は泣きそうな顔をしていた。

「途中でまた課長のことを考えていたんですね。僕の想いなんてこれっぽっちも届いていない」
「ご、ごめん……」
「いいです。そういう残酷なまでにまっすぐなところ、好きなんです。僕には五島さんがおばさんには見えません」
「……ありがとう。ごめんね」

 どうしてこう、うまくいかないんだろう。課長が奥さんに出会うまでに出会えたら、私と課長は結ばれていただろうか。課長は私を好きになっていただろうか。

 わからない。

 もっと遅く生まれていたら、花田君のことを好きになることもあっただろうか。

 わからない。

 年の差じゃないのだ。年上に憧れるのと好きになるのは違う。私は今の課長を好きになったのだ。

「本当にごめん……」

 私は課長のように何もなかったようにはできない。まだまだこの課長への想いを引きずるだろう。
 
 花田君の想いに応えることはできない。