フランス人が避けながら突き出した足は、男の脛を引っ掛けた。文字通り足下を掬われた男は、盛大に転んだ弾みで銃を落としている。反撃の心配は無い。予想外の呆気なさに、アルスは僅かに唖然とする。
男の後ろ首を掴み、腰に膝を突き立てる詩応。その表情には殺意を滲ませている。
……澪や流雫を危うく殺されるところだった。アルスと同じ黒幕への怒りが、その手下と思しき男に向く。
「……背振は何処にいる!?」
と詩応が声を上げる。だが男は呻くだけだ。
「シノ、恐らく知らない」
とアルスは言った。
「命令されて撃っただけだろう」
「じゃあ何処に……」
「恐らくは、この様子を見ているハズだ……」
とアルスは言い、流雫に顔を向け、首を振る。
その意味が判った流雫は
「あの男は何も知らない……。だが恐らく見られてる……」
と言いながら、周囲を警戒する。
澪は恋人と背中合わせになり、オッドアイの視界を補完する。雨音さえもシャットアウトして、全ての意識を注ぐ。
澪は再度ブレスレットに唇を当てる。そして流雫も、無意識にブレスレットにキスする。ソレイエドールやルージェエールの守護が有る、しかしそれ以上に効果的な、2人だけの祈りの儀式。
……流雫のクリアな意識が捉えたのは、改札から近付いてくる黒い傘を差す1人。少年は、最愛の少女を自分の身体に隠すように、次第に大きくなる傘を差す人間に正対する。
「……お前は誰だ?」
と、傘を上げた男は問う。
「……トラッカーが2つ反応した。でも1つは標的とは違う、……か?」
「……お前は誰だ?」
苛立ち混じりの問い返しに、流雫は
「……聖女の守護騎士」
と答える。破壊の女神を連想させる目を睨む男は鼻で笑い、
「痛々しい……」
と言い放つ。
しかし、流雫は微塵も動じない。その反応も含めて予想通りだったからだ。そして確信する。この男こそ、背振文殊だと。
「背振だ……」
と流雫が呟くと同時に、男は
「隠れている女!お前もグルか!?」
と声を張り上げる。その瞬間、澪は身体を翻し流雫の右隣に立つ。
「……背振文殊。ドクター三養基を殺害してまで、小城にクローンの功績を握らせたいの!?」
そう声を張り上げる少女の目は、刑事の娘らしい凜々しさに満ちている。
「事実無根だ!大体、目上相手に呼び捨てするのか!!」
と背振は怒鳴り、更に挑発する。
「聖騎士気取りか?身の程知らずが」
「国益を隠れ蓑に私腹を肥やす。政治家が信頼されない理由が、よく判るわ」
と澪は冷静に言い返す。
聖騎士でもないし、救世主でもない。何の変哲も無い高校生でしかない。ただ人の生き死ににナーバスで、テロの脅威と何度も戦ってきただけだ。
「お前らと違って、俺にはこの国の未来が懸かっている。世間はやがて知ることになる、あの時の俺が正しかったと」
と言った背振の背後から、3人の男が傘を差さず走ってくる。
ボディガード、そう思った流雫は銃を強く握ったまま、澪を視界の端に入れる。その反対からは、詩応とアルスが走ってくるのが判る。
……娘からの連絡で、常願と弥陀ヶ原が中心となって駆け付けた。日仏の男女から身柄を引き渡された2人は、更に別の警察官に頼み、その後を追う。
「くそ……!」
声を上げたのは背振だった。
いずれ警察が駆け付ける、とは思っていた。しかし、このタイミングとは予想外だ。何かと厄介なことになる。
「……一つ忠告しよう。この国の未来を邪魔するな。大人になって苦労するのはお前らだからな」
と言った背振は、踵を返す。
流雫は追わない。数分前の銃撃に関与していたとしても、直接銃を向けられていない以上、そして現行犯でない以上何もできない。銃を撃つのは、正当防衛と云う条件下でのみ、認められたことだからだ。
「……だから、ヴァイスヴォルフを口止めしようと……」
と言うだけだ。
その声に、背振は反応しない。ただ、1歩分だけ速度が落ちるのを、高校生2人は見逃さなかった。
詩応とアルスは、スーツを濡らした4人と目が合う。……流雫や澪との対峙から、怪しさの臭いを感じ取っていた。しかし、余計な先手に出ては足下を掬われる。
だから言葉一つ投げず、親しい2人と合流することにした。
「怪我は……」
「無いよ」
とフランス語で答える流雫の隣で、澪は
「……あれが背振」
と詩応に言う。流雫もそれに続く。
「三養基を殺害し、ヴァイスヴォルフを殺そうとした」
「背振にとって存在が不都合になったから?」
「そう見て間違い無い、と思ってる」
と、詩応に答える流雫の隣に寄ったアルスは
「見ろ。ヴァイスヴォルフも監視されていた」
と、例のトラッカーの破片を流雫に見せる。
「……聖女候補の支持だけで云えば、ヴァイスヴォルフはアデルサイドだ。ツヴァイベルクとは敵だ」
「普段の関係とは別の話か……」
「聖女が絡むからな。アリスを排除して即位させたいのはマルグリットじゃない、自分の娘ハイリッヒだ」
「じゃあ、マルグリットを聖女にしようとしたのは……」
「ブラフだった」
とアルスは答える。
「ハイリッヒは地方教会の聖女候補じゃない。それでも一応、即位の道は有る。相応しい候補がいなければ、だ。だから、他の連中からすれば完全にノーマークと云うワケだ」
マルグリットさえ候補に相応しくない。そうなる理由はやはり、マルグリット本人ではなくルートヴィヒの問題。アデルは2人の関係を知らないが、マルグリット落選の時に初めて明かされるだろう。
しかし、兄が原因で落選は目も当てられない。だからヴァイスヴォルフは、何事も無血を望み、その通りに実行してきた。流雫が読んだ通りに。
しかし、ツヴァイベルクはそれが目障りだった。
司祭は配下の信者をヴァイスヴォルフに送り、その若きドイツ人の仕業に見せようとした。同時に、三養基殺害を疑われないようにと、背振が口封じに走った。
それが2つ目のトラッカーの理由と、ヴァイスヴォルフが狙われた理由。
「娘を即位させるための戦争か……」
アルスの言葉に、詩応は唇を噛む。姉が聞けば卒倒するような理由が、信仰する教団での混乱の理由だからだ。それが外れているとは思っていない。
「詩応さん……」
澪はボーイッシュな少女の名を呼びながら、その身体を抱く。
異常にすら思えるほどの姉への執着、それは憧れとコンプレックスが生み出したもの。そして彼女は澪に、姉の面影を重ねていた。今の思いに合った抱き方が、姉と同じだったから。
その隣で、男子2人は
「……キャストは出揃った」
「後はどう出てくるか……」
と共通の母国語で言った。
国籍を超えた結束、その最たる例を敵に回した結末を突き付ける。救世主だの何だのどうだっていい、ただこれ以上誰も血を流さなくて済むように。
「三養基さんを殺したこと、否定しなかった……」
と、澪は服の上からタオルを当てながら、隣の父に言った。新南改札の交番の端でのことだ。だから肯定と言うのは短絡的なのは、彼女自身判っているが。
「確たる証拠が無い以上は、仮に黒幕だったとしても手を打てない。お前も判るだろう?」
と中年刑事は問う。
「それは知ってるけど」
「お前が戦を交えなかっただけで一安心だ」
そう言った父は、手帳を開き
「で?何を見た?」
と問うた。
……ヴァイスヴォルフは、アリスとは別の病院に収容されている。短い取調中に、4人はそう聞かされた。今はICUで銃弾の摘出手術の最中らしい。
「……誰もが被害者……」
と、交番を最後に出ようとした澪が呟いた。
全ては、背振とツヴァイベルクに翻弄されていた。ヴァイスヴォルフさえ、連中の手の上で転がされていたのだ。
「お前もだ」
と常願は言い返す。
愛娘が危うく死ぬところだったが、澪はそのことには触れない。自分のことは全て後回し。それが彼女の長所で短所だった。
「……判ってる」
とだけ言い残し、澪はドアを閉めた。
……父親が言いたいことは、澪自身判っている。無碍にする気は無い。しかし、真相に最も近い位置にいる以上、そして面識が有る人が狙われている以上、今更手を引く真似はできない。
「……誰の娘だと思ってるの?」
と澪は呟く。父を心配させることは判っているが、血は争えないのだ。
「だから、あたしは死なない」
その声に、真っ先に顔を向けたのは、最愛の少年だった。
流雫と澪は新宿に残り、詩応とアルスはアリスの元に向かう。
「……よく思い付くよ」
と、この場にいない少年に向かって呆れ口調の詩応、しかしそれは一種の敬意だった。
形振り構っていられない、だから非常識すら戦略の一つ。黒幕や犯人に対して、正々堂々は必要無い。流雫が自分を悪魔に擬えるのも頷ける。
「面白そうだがな」
とアルスは言う。フランス人にとっては、成功する未来しか見えない。
「血の旅団も、元は太陽騎士団。世界一の教団だ。……何時かは完全に歩み寄る日が来るだろうか」
「聖女アリスなら、実現できるさ。血の旅団は……アンタが率いればいい」
と詩応は言い、口角を上げる。
「アンタとアリスが手を握る瞬間が来るなら、アタシは見てみたい」
アルスはこの数日、教団への信仰心と愛国心を原動力に、東京を走り回ってきた。褒められ讃えられるべきだ、と詩応は思っている。
「クローンとして生まれた、それは言い換えれば新たな時代の象徴のようなものだ。普及するには課題が山積するが、生まれた以上は俺やお前と同じように生きる権利が有る。教団の理念に反していようと、その権利を護ってやるのが、既存の人間の義務だと思っている」
とアルスは言う。こう云うことを隠さず明確に言うあたり、詩応は好感が持てる。
「……腐った奴らの陰謀を暴き、排除する。それが、我らがルーツの女神をこの混乱から救済する唯一の方法だ」
と言ったアルスに、詩応は
「それは同意見」
と返す。やがて、アリスがいる病院に着いた。
男の後ろ首を掴み、腰に膝を突き立てる詩応。その表情には殺意を滲ませている。
……澪や流雫を危うく殺されるところだった。アルスと同じ黒幕への怒りが、その手下と思しき男に向く。
「……背振は何処にいる!?」
と詩応が声を上げる。だが男は呻くだけだ。
「シノ、恐らく知らない」
とアルスは言った。
「命令されて撃っただけだろう」
「じゃあ何処に……」
「恐らくは、この様子を見ているハズだ……」
とアルスは言い、流雫に顔を向け、首を振る。
その意味が判った流雫は
「あの男は何も知らない……。だが恐らく見られてる……」
と言いながら、周囲を警戒する。
澪は恋人と背中合わせになり、オッドアイの視界を補完する。雨音さえもシャットアウトして、全ての意識を注ぐ。
澪は再度ブレスレットに唇を当てる。そして流雫も、無意識にブレスレットにキスする。ソレイエドールやルージェエールの守護が有る、しかしそれ以上に効果的な、2人だけの祈りの儀式。
……流雫のクリアな意識が捉えたのは、改札から近付いてくる黒い傘を差す1人。少年は、最愛の少女を自分の身体に隠すように、次第に大きくなる傘を差す人間に正対する。
「……お前は誰だ?」
と、傘を上げた男は問う。
「……トラッカーが2つ反応した。でも1つは標的とは違う、……か?」
「……お前は誰だ?」
苛立ち混じりの問い返しに、流雫は
「……聖女の守護騎士」
と答える。破壊の女神を連想させる目を睨む男は鼻で笑い、
「痛々しい……」
と言い放つ。
しかし、流雫は微塵も動じない。その反応も含めて予想通りだったからだ。そして確信する。この男こそ、背振文殊だと。
「背振だ……」
と流雫が呟くと同時に、男は
「隠れている女!お前もグルか!?」
と声を張り上げる。その瞬間、澪は身体を翻し流雫の右隣に立つ。
「……背振文殊。ドクター三養基を殺害してまで、小城にクローンの功績を握らせたいの!?」
そう声を張り上げる少女の目は、刑事の娘らしい凜々しさに満ちている。
「事実無根だ!大体、目上相手に呼び捨てするのか!!」
と背振は怒鳴り、更に挑発する。
「聖騎士気取りか?身の程知らずが」
「国益を隠れ蓑に私腹を肥やす。政治家が信頼されない理由が、よく判るわ」
と澪は冷静に言い返す。
聖騎士でもないし、救世主でもない。何の変哲も無い高校生でしかない。ただ人の生き死ににナーバスで、テロの脅威と何度も戦ってきただけだ。
「お前らと違って、俺にはこの国の未来が懸かっている。世間はやがて知ることになる、あの時の俺が正しかったと」
と言った背振の背後から、3人の男が傘を差さず走ってくる。
ボディガード、そう思った流雫は銃を強く握ったまま、澪を視界の端に入れる。その反対からは、詩応とアルスが走ってくるのが判る。
……娘からの連絡で、常願と弥陀ヶ原が中心となって駆け付けた。日仏の男女から身柄を引き渡された2人は、更に別の警察官に頼み、その後を追う。
「くそ……!」
声を上げたのは背振だった。
いずれ警察が駆け付ける、とは思っていた。しかし、このタイミングとは予想外だ。何かと厄介なことになる。
「……一つ忠告しよう。この国の未来を邪魔するな。大人になって苦労するのはお前らだからな」
と言った背振は、踵を返す。
流雫は追わない。数分前の銃撃に関与していたとしても、直接銃を向けられていない以上、そして現行犯でない以上何もできない。銃を撃つのは、正当防衛と云う条件下でのみ、認められたことだからだ。
「……だから、ヴァイスヴォルフを口止めしようと……」
と言うだけだ。
その声に、背振は反応しない。ただ、1歩分だけ速度が落ちるのを、高校生2人は見逃さなかった。
詩応とアルスは、スーツを濡らした4人と目が合う。……流雫や澪との対峙から、怪しさの臭いを感じ取っていた。しかし、余計な先手に出ては足下を掬われる。
だから言葉一つ投げず、親しい2人と合流することにした。
「怪我は……」
「無いよ」
とフランス語で答える流雫の隣で、澪は
「……あれが背振」
と詩応に言う。流雫もそれに続く。
「三養基を殺害し、ヴァイスヴォルフを殺そうとした」
「背振にとって存在が不都合になったから?」
「そう見て間違い無い、と思ってる」
と、詩応に答える流雫の隣に寄ったアルスは
「見ろ。ヴァイスヴォルフも監視されていた」
と、例のトラッカーの破片を流雫に見せる。
「……聖女候補の支持だけで云えば、ヴァイスヴォルフはアデルサイドだ。ツヴァイベルクとは敵だ」
「普段の関係とは別の話か……」
「聖女が絡むからな。アリスを排除して即位させたいのはマルグリットじゃない、自分の娘ハイリッヒだ」
「じゃあ、マルグリットを聖女にしようとしたのは……」
「ブラフだった」
とアルスは答える。
「ハイリッヒは地方教会の聖女候補じゃない。それでも一応、即位の道は有る。相応しい候補がいなければ、だ。だから、他の連中からすれば完全にノーマークと云うワケだ」
マルグリットさえ候補に相応しくない。そうなる理由はやはり、マルグリット本人ではなくルートヴィヒの問題。アデルは2人の関係を知らないが、マルグリット落選の時に初めて明かされるだろう。
しかし、兄が原因で落選は目も当てられない。だからヴァイスヴォルフは、何事も無血を望み、その通りに実行してきた。流雫が読んだ通りに。
しかし、ツヴァイベルクはそれが目障りだった。
司祭は配下の信者をヴァイスヴォルフに送り、その若きドイツ人の仕業に見せようとした。同時に、三養基殺害を疑われないようにと、背振が口封じに走った。
それが2つ目のトラッカーの理由と、ヴァイスヴォルフが狙われた理由。
「娘を即位させるための戦争か……」
アルスの言葉に、詩応は唇を噛む。姉が聞けば卒倒するような理由が、信仰する教団での混乱の理由だからだ。それが外れているとは思っていない。
「詩応さん……」
澪はボーイッシュな少女の名を呼びながら、その身体を抱く。
異常にすら思えるほどの姉への執着、それは憧れとコンプレックスが生み出したもの。そして彼女は澪に、姉の面影を重ねていた。今の思いに合った抱き方が、姉と同じだったから。
その隣で、男子2人は
「……キャストは出揃った」
「後はどう出てくるか……」
と共通の母国語で言った。
国籍を超えた結束、その最たる例を敵に回した結末を突き付ける。救世主だの何だのどうだっていい、ただこれ以上誰も血を流さなくて済むように。
「三養基さんを殺したこと、否定しなかった……」
と、澪は服の上からタオルを当てながら、隣の父に言った。新南改札の交番の端でのことだ。だから肯定と言うのは短絡的なのは、彼女自身判っているが。
「確たる証拠が無い以上は、仮に黒幕だったとしても手を打てない。お前も判るだろう?」
と中年刑事は問う。
「それは知ってるけど」
「お前が戦を交えなかっただけで一安心だ」
そう言った父は、手帳を開き
「で?何を見た?」
と問うた。
……ヴァイスヴォルフは、アリスとは別の病院に収容されている。短い取調中に、4人はそう聞かされた。今はICUで銃弾の摘出手術の最中らしい。
「……誰もが被害者……」
と、交番を最後に出ようとした澪が呟いた。
全ては、背振とツヴァイベルクに翻弄されていた。ヴァイスヴォルフさえ、連中の手の上で転がされていたのだ。
「お前もだ」
と常願は言い返す。
愛娘が危うく死ぬところだったが、澪はそのことには触れない。自分のことは全て後回し。それが彼女の長所で短所だった。
「……判ってる」
とだけ言い残し、澪はドアを閉めた。
……父親が言いたいことは、澪自身判っている。無碍にする気は無い。しかし、真相に最も近い位置にいる以上、そして面識が有る人が狙われている以上、今更手を引く真似はできない。
「……誰の娘だと思ってるの?」
と澪は呟く。父を心配させることは判っているが、血は争えないのだ。
「だから、あたしは死なない」
その声に、真っ先に顔を向けたのは、最愛の少年だった。
流雫と澪は新宿に残り、詩応とアルスはアリスの元に向かう。
「……よく思い付くよ」
と、この場にいない少年に向かって呆れ口調の詩応、しかしそれは一種の敬意だった。
形振り構っていられない、だから非常識すら戦略の一つ。黒幕や犯人に対して、正々堂々は必要無い。流雫が自分を悪魔に擬えるのも頷ける。
「面白そうだがな」
とアルスは言う。フランス人にとっては、成功する未来しか見えない。
「血の旅団も、元は太陽騎士団。世界一の教団だ。……何時かは完全に歩み寄る日が来るだろうか」
「聖女アリスなら、実現できるさ。血の旅団は……アンタが率いればいい」
と詩応は言い、口角を上げる。
「アンタとアリスが手を握る瞬間が来るなら、アタシは見てみたい」
アルスはこの数日、教団への信仰心と愛国心を原動力に、東京を走り回ってきた。褒められ讃えられるべきだ、と詩応は思っている。
「クローンとして生まれた、それは言い換えれば新たな時代の象徴のようなものだ。普及するには課題が山積するが、生まれた以上は俺やお前と同じように生きる権利が有る。教団の理念に反していようと、その権利を護ってやるのが、既存の人間の義務だと思っている」
とアルスは言う。こう云うことを隠さず明確に言うあたり、詩応は好感が持てる。
「……腐った奴らの陰謀を暴き、排除する。それが、我らがルーツの女神をこの混乱から救済する唯一の方法だ」
と言ったアルスに、詩応は
「それは同意見」
と返す。やがて、アリスがいる病院に着いた。