6インチの端末のスピーカーから流れてくる英語とフランス語に、セバスは
「……アリス、追い詰められてるな……」
と小さな声で言った。プリィも隣で頷く。アリスが、詩応とアルスに何も答えていないからだ。理由はどうであれ。
澪は、流雫のスマートフォンから流れてくる声を、翻訳アプリに拾わせていた。
「……流雫」
と小声で名を呼ぶ最愛の少女に、流雫は目を向ける。
……こうなることは、流雫とアルスは最初から判っていた。それでも、ブロンドヘアの少年がイチかバチか賭けると言ったのは、詩応を乗せるための方便でしかない。
不意に、流雫の頭に言葉が走る。
「アリスも……被害者……」
と。そして無意識に、そう口を開いていた。
「……もし、助けても言えないのだとすれば……」
……アリスが2人に力を貸せたなら、一言だけでも歩み寄れたなら、全ては僅かでも好転しただろう。だが、そうならなかった。一縷の望みに賭けたこと自体、間違っていたのか。
流雫は、テネイベールと同じオッドアイの持ち主。アリスと対峙したとして、助けると言ったとして、聖女は拒むだろう。否、対峙した時点で拒絶される。
……詰んだ。その言葉が、本来諦めが悪いハズの流雫の舌先を掠めかけた。だが。
乾いた銃声が、夏特有の湿気を含む空気を切り裂く。
「な……!?」
思わず身構えるフランス人2人の隣で、脳をリセットされた流雫は周囲を一瞥する。
……黒いショートヘアの淑女が、マネキンのように倒れた。
「っ!!」
歯を軋ませた流雫は、無意識に銃を手にした。
「流雫……!」
澪は焦燥感を湛えた声で、最愛の少年の名を呼ぶ。流雫が何を思っているのか、澪には一瞬で判った。
粉雪が舞う12月、この場で一つの命が消えた。名前は、伏見詩愛。胸部を撃たれ、半ば即死状態だった。
彼女と面識は無かったが、流雫は誰寄りも早く詩愛に駆け付け、そして撃った犯人と戦った。助かると信じて。だが。
心肺停止。事実上の死亡宣告を耳にした流雫は、その場に崩れた。美桜が死んだと聞かされた時の自分のような悲しみに、誰にも陥ってほしくなかった。だから助かってほしかった、それなのに。
澪に抱きしめられながら泣き叫んだ流雫は、詩愛を助けられなかったことをトラウマのように抱えていた。それがその妹……詩応との確執の原因だった。
銃声の主を握るのは、中年の男2人。互いに灰色のTシャツとデニム、全体的に冴えない印象だ。しかし、今となってはそれが余計に目立つ。
そして、後退りしながらもその犯行に手応えを感じた表情……それが殊更不気味に感じる。
「動くな!!」
と、流雫が声を張り上げた。男は、シルバーヘアの鬱陶しい輩に目を向ける。
銃を撃った時点で、逃げ切れないことは2人も判っているだろう。それでも撃った。この連中にとって、殺したいだけの理由が有るのか。到底容赦されるものではないが。
空色のセーラー服を纏った流雫を、2人はボーイッシュで生意気な女だと認識した。それが流雫の狙いだった。自分1人に気を引かせ、その間に誰かが、撃たれた人を安全に介抱できれば。
「ドクター!!」
とセバスが叫んだ。血相を変え、混乱寸前だ。同時にその声は、流雫と澪の脳に雷を落とした。
「まさか……!!」
目を見開く男女の声が重なる。メスィドール家の子息がドクターと呼ぶ相手……、三養基!?
澪はその首筋に手を当て、6秒数える。本来はトリアージで使われるが、6秒間に1回も脈動が無ければ、危険水域の容体を意味している。1分間に10回未満の脈動しか無い計算になるからだ。
今は辛うじて1回。しかし、秒単位で容体は変化する。それも、悪い方向に。混乱しそうになるセバスを、恐怖に襲われながら抱くプリィの隣で
「何故撃ったの……」
と呟いた澪は立ち上がる。その表情は、刑事の娘としての凜々しさよりも、犯人への怒りに支配されていた。
「待ちなさい!!」
澪の声が響く。
「澪……!?」
流雫の声が、ブルートゥースイヤフォンを通じて澪に届く。
「あたしも戦う!」
と言った澪に、流雫は
「……僕が引き付ける」
と言った。理想は澪が戦わないこと、しかしそれは叶わない。澪が認めないのだ。ならば2人で戦うしかない。
「見世物じゃねえぞ!!」
と叫んだ男が上空に向けて引き金を引いた。何時しか、銃を手にする4人の周囲に人集りができている。
男が威嚇しても、人集りは散らない。寧ろ、この戦いの行方を見守りたい……否、愉しみたいと思っている。
「流雫……」
と名を呼んだ澪は、流雫がヤジ馬に揺さぶられていないかが気懸かりだった。
……突発的に生まれた、2対2のデスゲームを眺めているかのような衆人環視。連中が期待することは2つ。男2人が流雫と澪を撃ち殺すか、その逆か。女子2人……厳密には違うが……が銃を手に犯人と戦う意味など、連中にとってはどうでもいいのだ。
「……僕は平気」
とだけ答えた流雫は、開き直っていた。ヤジ馬の声も意識が遮断し、澪の声しか脳に届いていない。
その声に、強がりも過剰な怒りも感じない。澪は安心した。……平静を保っている流雫には、誰も勝てないからだ。そう、澪でさえも。
三養基とフランス人2人は、人集りの外にいる。それだけが救いだ。そう思った流雫の耳に、声が響いた。
「澪!!流雫!!」
銃声と同時に、アルスと詩応は地面を蹴った。先に動いたのはアルスだったが、前を行くのは詩応だ。その元陸上部の少女は急ブレーキで止まる。
「シノ!!ドクターが……!!」
恐怖に歪むプリィの声に、詩応は言葉を失い、奥歯を軋ませる。
……プリィの眼前で倒れる三養基に、詩愛姉が重なった。そして、今こうしている自分に、流雫が重なる。
……この場所で起きた姉の死は、既に吹っ切れた。そう思っていたかった。仇討ちを果たして、この場所で弔ったあの日、そう思えた。
だが、現実は甘くなかった。
三養基を撃った犯人への殺意が沸く詩応、その隣にようやく追い付いたアルスは、息を切らしながら顔を見る。
「……ミヤキ……」
とだけ名を呟くアルスは、しかし一つの疑問を抱えた。
「……何故サン・ドニ……?」
レンヌ郊外で、アリス絡みのプロジェクト全体が管理されている。しかし、三養基がデータを持ち出したログは、サン・ドニに残されていた。
この医師が、2つの施設に出入りできるだけの人物であることには、疑いの余地は無い。だが、何故常駐していたレンヌからではなかったのか。
今は場違いだと判っているが、後でアリシアにこの疑問を投げ掛けてみよう。そう思ったアルスの隣で、詩応は
「散れ!!」
と叫ぶ。突如発生したエンタメを邪魔されたことで、何人かが詩応を睨む。だが、それに怯まない少女は、ヤジ馬の隙間を強引に割って入った。
「詩応さん!?」
その様子に、最初に反応したのは澪だった。男は
「お前も死ぬ気か?」
と問う。2対3でも勝ち目は有ると思っている。
「犯罪者に殺される気は無いね」
と詩応は答えた。そのイキった返答に、2人の男は同時に鼻で笑った。生意気な3人が自分の足下で命乞いをする……その結末しか見えないからだ。
流雫や澪のそれとは一回り大きい銃を手にした詩応に、1人が銃口を向ける。その瞬間、結末は動き始めた。
大きめの銃声が2発。後遺症で震える手は照準を外し、銃弾は男の股関節より上に刺さる。
「ぐっ……!!」
痛みに顔を歪めながらも、男はボーイッシュな少女に銃口を向けた。
「伏見さん!!」
流雫は声を張り上げ、同時に引き金を引く。掻き消された2発の小さな銃声、しかし銃弾は狙い通りに手首に突き刺さる。
「あぁぁっ!!」
男の視界が大きく歪み、銃は地面に落ちる。それと同時に、詩応が男を取り押さえた。
肩を押さえ付けて跪かせ、後頭部に銃を突き付ける。ロックは掛けているものの、何時でも外せるようにはしていた。
「伏見さん!」
流雫が声を上げる。先刻、自爆を見たばかりだ。それが有るだけに、どうしても不安に駆られる。
「何故撃った!?」
詩応は問う、しかし返事は期待していない。ただ、見る限り自爆へのトリガーに触れるような様子は無い。油断はできないが、今のところは安全……そう思うしかない。
流雫はもう1人の男に目を向ける。それは澪と対峙していた。
「……何故殺そうとしたの!?」
「お前には無関係だ!
「三養基医師に恨みでも!?」
少女が放った怒り混じりの問いに、男は答えない。
……恨みなど無い、それどころか標的の名前と外見しか知らされていなかった?まるで空港でプリィが狙われた時に似ているような……!?
「……目的は何……!?」
澪の問いへの返答は、上空への威嚇射撃だった。しかし、澪は怯まない。
「ごちゃごちゃ五月蠅い!!」
男は大口径の銃を構え、叫んだ。その瞬間、後頭部に激痛が走る。
「がっ!!」
銃身を叩き付けられ、脳が揺さぶられる。一瞬遮断された視界が回復すると、シルバーヘアの少年が立っている。
「僕が相手だ……」
と言った流雫のオッドアイに、男は一瞬怯む。その目の色が不気味に映ったからだ。
日本人らしくない見た目の生意気な少年に、男の苛立ちと殺意が増してくる。吠えるだけの女は後回し、先にこの輩を潰す……痛みに耐えながらそう思った男は、流雫に銃口を向ける。
「流雫……!」
イヤフォン越しに聞こえる澪の声に、流雫はブレスレットに唇を当てながら答える。
「護って……澪」
銃口を向けられながら、妙に落ち着いている流雫が、男の目には不気味に映る。しかし詩応に取り押さえられている男も、対峙している男も、最大の誤算を起こしていた。
このシルバーヘアの少年が、この場所に居合わせたこと。教典上の破壊の女神と同じオッドアイに、存在を認識されたこと。
男の指が引き金に掛かる。その動きを流雫は見逃さなかった。僅かに踵を浮かせ、右にスライドする。男の反応速度は追い付かず、放った銃弾は人集りの隙間を飛んだ。
「避けるな!!」
とヤジが飛ぶ。ヤジ馬には怪我させること無く決着を付けろ、これが身勝手でなくて何なのか。
「流雫……!」
澪の声が聞こえる。その声が、流雫に落ち着きをもたらす。澪のために、殺されるワケにはいかない、だから絶対に熱くなるな、と。
「……アリス、追い詰められてるな……」
と小さな声で言った。プリィも隣で頷く。アリスが、詩応とアルスに何も答えていないからだ。理由はどうであれ。
澪は、流雫のスマートフォンから流れてくる声を、翻訳アプリに拾わせていた。
「……流雫」
と小声で名を呼ぶ最愛の少女に、流雫は目を向ける。
……こうなることは、流雫とアルスは最初から判っていた。それでも、ブロンドヘアの少年がイチかバチか賭けると言ったのは、詩応を乗せるための方便でしかない。
不意に、流雫の頭に言葉が走る。
「アリスも……被害者……」
と。そして無意識に、そう口を開いていた。
「……もし、助けても言えないのだとすれば……」
……アリスが2人に力を貸せたなら、一言だけでも歩み寄れたなら、全ては僅かでも好転しただろう。だが、そうならなかった。一縷の望みに賭けたこと自体、間違っていたのか。
流雫は、テネイベールと同じオッドアイの持ち主。アリスと対峙したとして、助けると言ったとして、聖女は拒むだろう。否、対峙した時点で拒絶される。
……詰んだ。その言葉が、本来諦めが悪いハズの流雫の舌先を掠めかけた。だが。
乾いた銃声が、夏特有の湿気を含む空気を切り裂く。
「な……!?」
思わず身構えるフランス人2人の隣で、脳をリセットされた流雫は周囲を一瞥する。
……黒いショートヘアの淑女が、マネキンのように倒れた。
「っ!!」
歯を軋ませた流雫は、無意識に銃を手にした。
「流雫……!」
澪は焦燥感を湛えた声で、最愛の少年の名を呼ぶ。流雫が何を思っているのか、澪には一瞬で判った。
粉雪が舞う12月、この場で一つの命が消えた。名前は、伏見詩愛。胸部を撃たれ、半ば即死状態だった。
彼女と面識は無かったが、流雫は誰寄りも早く詩愛に駆け付け、そして撃った犯人と戦った。助かると信じて。だが。
心肺停止。事実上の死亡宣告を耳にした流雫は、その場に崩れた。美桜が死んだと聞かされた時の自分のような悲しみに、誰にも陥ってほしくなかった。だから助かってほしかった、それなのに。
澪に抱きしめられながら泣き叫んだ流雫は、詩愛を助けられなかったことをトラウマのように抱えていた。それがその妹……詩応との確執の原因だった。
銃声の主を握るのは、中年の男2人。互いに灰色のTシャツとデニム、全体的に冴えない印象だ。しかし、今となってはそれが余計に目立つ。
そして、後退りしながらもその犯行に手応えを感じた表情……それが殊更不気味に感じる。
「動くな!!」
と、流雫が声を張り上げた。男は、シルバーヘアの鬱陶しい輩に目を向ける。
銃を撃った時点で、逃げ切れないことは2人も判っているだろう。それでも撃った。この連中にとって、殺したいだけの理由が有るのか。到底容赦されるものではないが。
空色のセーラー服を纏った流雫を、2人はボーイッシュで生意気な女だと認識した。それが流雫の狙いだった。自分1人に気を引かせ、その間に誰かが、撃たれた人を安全に介抱できれば。
「ドクター!!」
とセバスが叫んだ。血相を変え、混乱寸前だ。同時にその声は、流雫と澪の脳に雷を落とした。
「まさか……!!」
目を見開く男女の声が重なる。メスィドール家の子息がドクターと呼ぶ相手……、三養基!?
澪はその首筋に手を当て、6秒数える。本来はトリアージで使われるが、6秒間に1回も脈動が無ければ、危険水域の容体を意味している。1分間に10回未満の脈動しか無い計算になるからだ。
今は辛うじて1回。しかし、秒単位で容体は変化する。それも、悪い方向に。混乱しそうになるセバスを、恐怖に襲われながら抱くプリィの隣で
「何故撃ったの……」
と呟いた澪は立ち上がる。その表情は、刑事の娘としての凜々しさよりも、犯人への怒りに支配されていた。
「待ちなさい!!」
澪の声が響く。
「澪……!?」
流雫の声が、ブルートゥースイヤフォンを通じて澪に届く。
「あたしも戦う!」
と言った澪に、流雫は
「……僕が引き付ける」
と言った。理想は澪が戦わないこと、しかしそれは叶わない。澪が認めないのだ。ならば2人で戦うしかない。
「見世物じゃねえぞ!!」
と叫んだ男が上空に向けて引き金を引いた。何時しか、銃を手にする4人の周囲に人集りができている。
男が威嚇しても、人集りは散らない。寧ろ、この戦いの行方を見守りたい……否、愉しみたいと思っている。
「流雫……」
と名を呼んだ澪は、流雫がヤジ馬に揺さぶられていないかが気懸かりだった。
……突発的に生まれた、2対2のデスゲームを眺めているかのような衆人環視。連中が期待することは2つ。男2人が流雫と澪を撃ち殺すか、その逆か。女子2人……厳密には違うが……が銃を手に犯人と戦う意味など、連中にとってはどうでもいいのだ。
「……僕は平気」
とだけ答えた流雫は、開き直っていた。ヤジ馬の声も意識が遮断し、澪の声しか脳に届いていない。
その声に、強がりも過剰な怒りも感じない。澪は安心した。……平静を保っている流雫には、誰も勝てないからだ。そう、澪でさえも。
三養基とフランス人2人は、人集りの外にいる。それだけが救いだ。そう思った流雫の耳に、声が響いた。
「澪!!流雫!!」
銃声と同時に、アルスと詩応は地面を蹴った。先に動いたのはアルスだったが、前を行くのは詩応だ。その元陸上部の少女は急ブレーキで止まる。
「シノ!!ドクターが……!!」
恐怖に歪むプリィの声に、詩応は言葉を失い、奥歯を軋ませる。
……プリィの眼前で倒れる三養基に、詩愛姉が重なった。そして、今こうしている自分に、流雫が重なる。
……この場所で起きた姉の死は、既に吹っ切れた。そう思っていたかった。仇討ちを果たして、この場所で弔ったあの日、そう思えた。
だが、現実は甘くなかった。
三養基を撃った犯人への殺意が沸く詩応、その隣にようやく追い付いたアルスは、息を切らしながら顔を見る。
「……ミヤキ……」
とだけ名を呟くアルスは、しかし一つの疑問を抱えた。
「……何故サン・ドニ……?」
レンヌ郊外で、アリス絡みのプロジェクト全体が管理されている。しかし、三養基がデータを持ち出したログは、サン・ドニに残されていた。
この医師が、2つの施設に出入りできるだけの人物であることには、疑いの余地は無い。だが、何故常駐していたレンヌからではなかったのか。
今は場違いだと判っているが、後でアリシアにこの疑問を投げ掛けてみよう。そう思ったアルスの隣で、詩応は
「散れ!!」
と叫ぶ。突如発生したエンタメを邪魔されたことで、何人かが詩応を睨む。だが、それに怯まない少女は、ヤジ馬の隙間を強引に割って入った。
「詩応さん!?」
その様子に、最初に反応したのは澪だった。男は
「お前も死ぬ気か?」
と問う。2対3でも勝ち目は有ると思っている。
「犯罪者に殺される気は無いね」
と詩応は答えた。そのイキった返答に、2人の男は同時に鼻で笑った。生意気な3人が自分の足下で命乞いをする……その結末しか見えないからだ。
流雫や澪のそれとは一回り大きい銃を手にした詩応に、1人が銃口を向ける。その瞬間、結末は動き始めた。
大きめの銃声が2発。後遺症で震える手は照準を外し、銃弾は男の股関節より上に刺さる。
「ぐっ……!!」
痛みに顔を歪めながらも、男はボーイッシュな少女に銃口を向けた。
「伏見さん!!」
流雫は声を張り上げ、同時に引き金を引く。掻き消された2発の小さな銃声、しかし銃弾は狙い通りに手首に突き刺さる。
「あぁぁっ!!」
男の視界が大きく歪み、銃は地面に落ちる。それと同時に、詩応が男を取り押さえた。
肩を押さえ付けて跪かせ、後頭部に銃を突き付ける。ロックは掛けているものの、何時でも外せるようにはしていた。
「伏見さん!」
流雫が声を上げる。先刻、自爆を見たばかりだ。それが有るだけに、どうしても不安に駆られる。
「何故撃った!?」
詩応は問う、しかし返事は期待していない。ただ、見る限り自爆へのトリガーに触れるような様子は無い。油断はできないが、今のところは安全……そう思うしかない。
流雫はもう1人の男に目を向ける。それは澪と対峙していた。
「……何故殺そうとしたの!?」
「お前には無関係だ!
「三養基医師に恨みでも!?」
少女が放った怒り混じりの問いに、男は答えない。
……恨みなど無い、それどころか標的の名前と外見しか知らされていなかった?まるで空港でプリィが狙われた時に似ているような……!?
「……目的は何……!?」
澪の問いへの返答は、上空への威嚇射撃だった。しかし、澪は怯まない。
「ごちゃごちゃ五月蠅い!!」
男は大口径の銃を構え、叫んだ。その瞬間、後頭部に激痛が走る。
「がっ!!」
銃身を叩き付けられ、脳が揺さぶられる。一瞬遮断された視界が回復すると、シルバーヘアの少年が立っている。
「僕が相手だ……」
と言った流雫のオッドアイに、男は一瞬怯む。その目の色が不気味に映ったからだ。
日本人らしくない見た目の生意気な少年に、男の苛立ちと殺意が増してくる。吠えるだけの女は後回し、先にこの輩を潰す……痛みに耐えながらそう思った男は、流雫に銃口を向ける。
「流雫……!」
イヤフォン越しに聞こえる澪の声に、流雫はブレスレットに唇を当てながら答える。
「護って……澪」
銃口を向けられながら、妙に落ち着いている流雫が、男の目には不気味に映る。しかし詩応に取り押さえられている男も、対峙している男も、最大の誤算を起こしていた。
このシルバーヘアの少年が、この場所に居合わせたこと。教典上の破壊の女神と同じオッドアイに、存在を認識されたこと。
男の指が引き金に掛かる。その動きを流雫は見逃さなかった。僅かに踵を浮かせ、右にスライドする。男の反応速度は追い付かず、放った銃弾は人集りの隙間を飛んだ。
「避けるな!!」
とヤジが飛ぶ。ヤジ馬には怪我させること無く決着を付けろ、これが身勝手でなくて何なのか。
「流雫……!」
澪の声が聞こえる。その声が、流雫に落ち着きをもたらす。澪のために、殺されるワケにはいかない、だから絶対に熱くなるな、と。