スマホ用のゲームアプリ『ハートを教えて』。
三人いるヒロインから好きな一人を選んで、その子と仲良くなっていく恋愛ゲームだ。
多分、どちらかといえば男性向け。
でも私は女ながらにハマっていた。
ヒロインの一人『まゆり』。
彼女が私の推し。
明るくて、真面目で、ちょっとだけ天然。
ああ、本当にゲームキャラだなぁと感じる性格だが、可愛くて仕方ない。
朝起きたらアプリを起動してまゆりと会話して
家では夜寝るまでまゆりと仲良くなるためアレコレ頑張る。
そんな毎日。
暗い?きもい?寒い?
そんなこと自分が一番わかってる。
でもね今の私はこれが楽しい。一番幸せ。
現実よりもずっと素敵なんだ。
「よっしゃ!レアアイテムの誕生石のリングゲット!これでまゆりをデートに誘えるー」
夜。
自分の部屋にこもってゲームに勤しむ私。
今週は期間限定で行われる特別なゲームイベントがあり、いつも以上に燃えている。
少し苦労したけれど目当てのアイテムを手に入れることが出来た。
「よし、それじゃあさっそくー」
「未来ー!話があるの。降りてきなさーい」
「!」
ほくほくしていたら、一階から私を呼ぶ母親の声。
何だろう。
無視したいけど、後々面倒だし。
「はーい……」
ため息をつきながら部屋を出た。
………約一時間後
「わかった。それなら私バイトする。自分で携帯代払えば文句ないんでしょ!?」
私はそう叫んでいた。
なぜそうなったかといえば……
ダイニングに行くと、普段はあまり私に構わない父親が難しい顔して座っていて
目の前のテーブルには数枚の紙が置かれていた。
ここ数ヶ月の携帯電話使用料金をプリントアウトしたものだ。
それを見た瞬間、どうして呼ばれたかすぐに理解できた。
父は私を自分の向かいに座らせ、小さく息をはいてから話し始めた。
「未来。おまえ、最近ずいぶん携帯を使っているみたいだな」
指し示す携帯料金。
めちゃくちゃ高額……というほどではないが、確かに学生が携帯に使うには多いと思う。
原因はもちろんゲーム。課金だ。
まゆりのゲームは基本的に無料だが、アイテムなどに有料のものがある。
別にアイテムを買わなくてもいいのだが、購入した方がゲームを進めやすかったり、まゆりの特別なシナリオが読めたりする。
「…ごめんなさい。これから気を付けます」
反抗しても面倒なだけなので素直に謝っておく。
使いすぎたのは事実なのだし。
でも父親の話はこれで終わらなかった。
「そもそも、こんなに何に使っているんだ。なにか変なものを買ったりしていないだろうな」
…う。
つっこんでくるのか。
「別に。ちょっとゲームとか……少しだけ」
「ゲーム?お前いつも部屋にこもってそんなことばかりやってるのか」
「そんなことって…」
有無を言わせない父親の強い口調にムッとしてしまう。
母は黙って父の言動を見ているだけだ。
「未来……そろそろきちんとしたらどうだ?」
「き、きちんとってなに?まるで私がちゃんとしてないみたいじゃない」
「その通りだろう。学校から帰ったら部屋にこもってゲーム三昧。それも親の金でだ。
周りの人たちのように勉強なり課外活動なりに打ち込んだり出来ないのか?まあ、バレーボールのことは残念だったが……」
「───!」
次の瞬間。
私は立ち上がり、叫んでいた。
「わかった。それなら私バイトする。自分で携帯代払えば文句ないんでしょ!?」
……と、いうわけなのだ。
私は近所のコンビニでバイトすることになった。
思っていたよりもすんなりバイトが決まり、ホッとしたような面倒なような。
バイトは週三回で夜八時まで。
あー、その時間でゲームしたい。まゆりに会いたい。
自分で言い出したこととは言え憂鬱だった。
***
「辰己 未来です。よろしくお願いします」
バイト初日。
コンビニの制服に着替え、軽く説明を受けてから、即行でレジに入らされる。
基本的に仕事はやりながら覚えるようだ。
……とはいうものの、しばらくは先輩のアルバイトさんが私についてくれることになっている。
その先輩は私と同い年くらいの男の子。
明るめの茶髪に、ややつり目の三白眼。
スラッとした細身でかなり背が高い。
「……はあ、どうも。真由理 京っス」
ペコリと小さくお辞儀をする。
ぼんやりした表情。いかにも面倒くさげ。
私に言う資格はないだろうが、ずいぶん無愛想な人だ。
……いやそんなことより。
まゆり!?
こんなところで最愛の名前を聞くなんて
「……なんスか?」
真由理(!)さんがやや怪訝な顔になる。
「あ、ごめんなさい。えーと、いい名前だな……と」
「名前……俺のスか?あ、もしかして『シュースタ』好きなんスか」
「へっ」
シュースタ……
思いもよらない単語に少しだけぽかんとなる。
だけどすぐに何のことか見当がついた。
「shooting☆star」という売り出し中の男性アイドルグループだ。
うちの学校でも人気で、好きなメンバーは誰だとかいう話をクラスでよく耳にする。
でも自慢じゃないけど全くわからない。
「いえ、私はあんまりアイドルとか興味なくて」
だって私にはゲームのまゆりがいるし。
だけどあんまり興味なしと態度に出すのも失礼か。
「あの、シュースタに真由理さんと同じ名前の人がいるんですか?」
「はあ、まあ。古市マユリっていうメンバーなんスけど。割とよく言われるんで」
なるほど。
まゆりって名前はまあまあ珍しいもんな。
「そうなんですね。今度チェックしてみようかな」
そんな社交辞令をいいながら、申し訳ないがやっぱり興味ない。
まゆりと同じ名前に全くときめきがないと言えば流石に嘘になるが、私が好きなのはアイドルではなく、ゲームの中のかわいい彼女だ。
「そっスか。じゃ、そろそろレジ入りましょうか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
こうして。
私のバイト初日が始まった。
☆☆☆
それから数週間。
バイトにはなんとか慣れてきた。
基本的に同じような学生のバイトと二人でレジなどの仕事をこなしていく。
(店長はほとんどバックヤードにこもっている)
私の入っている時間は、あまりに忙しいということもなく、さすがに楽勝といえば嘘になるが、それなりに無難にやっている。
ちなみにシフトは、真由理くんと一緒になることが多かった。
彼は近くの男子校に通っていて、学年は私より一つ下らしい。
そのためか、いつの間にか真由理「さん」でなく真由理「くん」と呼ぶようになっていた。
第一印象通り、愛想がなく何を考えているのかよくわからない真由理くん。
でも冷たかったり暗かったりはしないようで、仕事の忙しくないときなどは割と普通におしゃべりしている。
この日もお客さんの波がきれたタイミングで、二人でレジに入りながら話していた。
「…前から思ってたけど、辰己さんって背高いっスよね」
「まあ…175あるんで。でも真由理くんも相当高いですよね。身長いくつ?」
「182っス。なんかうちの家族みんなデカくて、兄貴なんか195あります」
「えー、すごい。それだけあれば…バレー…っ…」
言いかけた単語がのどにひっかかる。
真由理くんが首をかしげた。
「どうかしました?」
「あ、ううん。別に……」
「すみませーん」
真由理くんのレジに女の子が並ぶ。
うちの学校の制服を着ている。
けど見たことない子なのでおそらく他学年だろう。
……そしてバレー部ではない。
女の子は一冊の雑誌をレジに置いた。
女性向けの芸能情報誌で、表紙はいつぞや話題に出たシュースタだ。5人のイケメンが写っている。
確かマユリって子がいるらしい。古市マユリだっけ。
どれだ?真ん中の黒髪か?それとも胸元が空いてる金髪か?
結局あれから調べてないのでわからない。
まあ。でも……
古市マユリは、私の好きな可愛いまゆりじゃないからな。
ああ、やばい。ゲームしたくなってきた。
まゆりに会いたい。
ポケットに入れたスマホに布越しに触れる。
さすがに仕事中だからなにもしないけど。
「ありがとうございました」
真由理くんの無機質な声に我に返る。
女の子が雑誌を抱えて出ていくところだった。
しまった。ぼうっとしていたみたいだ。
「…今の制服、S女子校っスよね。確か辰己さんもS女でしたよね」
「え、はい。そうです……」
「ここS女近いから、よくS女の子来るっスけど、なんか知り合いとか来たら嫌じゃないっスか?恥ずかしいっつーか」
「………そうかもですね。てか、それは真由理くんもですよね」
真由理くんが通う男子校もここから近かったはずだ。
「なんつーか、俺は慣れましたから。あ、ちょっと飲み物の補充に行ってきます」
真由理くんはそう言ってレジを出て、店の奥のドリンク売り場の裏に行った。
レジは私一人になったが、今は客も少ないから大丈夫だろう。
(……それにしても私ボーッとしてばっかり。やばいな)
さっきみたいなことが近頃多い。
授業中でも、家で食事しているときなんかでも、ゲームしたいなあと思い、そればっかり考えてしまう。
もちろん部屋にいるときはほとんどゲーム漬けだし。
今のところ成績が極端に落ちるとか、生活に支障が出ているということはないけど。
これじゃあ、ほぼほぼ依存だ。
こんなのでいいのかな。
……いや、だからといってやめられないか。
だってまゆり可愛いし。大好きだし。
まゆりがいるから私毎日楽しいんだもん。
ほかに楽しみなんてないんだから。
「あー、疲れたー。最近まじ練習きつー」
「のどかわいたね。アイス買おう」
そんなことを考えていると店の入り口がにぎやかなのに気づく。
団体でお客さんが入ってきたみたいだ。
「っ!」
ふとそちらを見て、息か止まりそうになる。
あれは……
数人で固まりワイワイやっている女の子たち。
ジャージ姿で、部活終わりということがわかる。
そして紺に三本のラインのジャージはうちの学校のものだ。
あれは……あの子たちは。
足がガクガク震えだした。
鼓動が早くなる。
情けない。
まだこんなにも吹っ切れていない。
「……?」
グループの一人がふいにこっちを見る。
私はレジ後ろのタバコを補充する振りして背を向けた。
やだ……
こんなことしてもどうせ気づかれちゃう。
だってそのうちレジに来ちゃうもの。
私は馬鹿だ。
未だにこんなに気にしているのに
このコンビニは学校に近いからこうなる可能性も十分にあったのに
どこかで色々大丈夫だと高をくくっていた。
私はいつもそう。
自分の都合のいいように考えて、問題から目を逸らす。
いつも……あのときも。