同窓会は名札と記憶が一致する相手と話したりしながら無難に終わった。
 俺に同窓会の参加を持ちかけた乗松は同じ研究室で話しやすい相手だったけど、運営の仕事でほとんどの間忙しそうに駆け回っていた。
 そして、名簿で名前を見かけた湊花楓は結局最後まで現れなかった。
 湊とは大学院を修了してから一度も会っていない。SNSなどの連絡先も交換していなかったから、今日は五年ぶりに話せると思っていたのだけど。

「あ、いたいた。舟木君、二次会行こうよ!」

 振り返ると、さっきまで運営として大車輪の働きをしていた乗松がこちらに駆け寄ってきていた。

「んー。顔がわかるやつとは一通り話したしなあ」

 二次会がある予感はしていたけど、正直あまり気乗りはしなかった。二次会に参加したとしても、これ以上話せるような相手もいなければ、話せるような話題もない。

「えー、私が全然話せてないんだけど!」
「今日でなくても、研究室のOBOG会とかで話す機会あるだろ」

 定期的なものではないけど、何かときっかけを見つけては二、三年おきに研究室の卒業生が集まる会が開かれている。同じ研究室の乗松とは他の同級生たちと比べれば話す機会は多い。

「そんなこと言って、舟木君、OBOG会とか来ないじゃん」
「うっ……」

 乗松の言うことは図星で、俺は卒業してから一度も参加していない。特別な理由があるわけではなく、乗松から誘われなければ同窓会に参加するつもりがなかったのと同じだ。

「せっかく同業種だし、地元の話とかも色々教えてほしいなーと思ってたんだけど」
「ああ、そっか。乗松は今治で働いてるんだっけ」

 乗松は両手を腰に当てて小さく頬を膨らませる。俺を引き留めるために適当に嘘をついているようには見えなかったし、運営として一日頑張っていた相手のお願いを断ることに段々と居心地が悪くなってきた。

「わかったよ。行くけど、少し酔いを醒ましてから行くから、会場だけ教えてくれ」
「そんなこと言いながら逃げないでよねっ!」

 一瞬だけじとっと俺を見ながら、乗松はSNSで二次会の場所を送ってくれた。
 絶対来てねと念を押すと、乗松は他のメンバーに声をかけてホテルの外へと出ていった。周囲から人気がなくなるまで待ってから、ホテルの外に出る。そこまで酔っているわけではなかったけど、すぐに二次会に向かう気にもなれなくて、ホテルの前でぼんやりと夜空を見上げる。
 湊と会えなかったことで、思っていた以上にへこたれている自分がいた。
 今日を逃したら、次会えるのはいつだろうか。あるいは、海外で働く湊とはもう会う機会なんてないのかもしれない。
 あの日交わした約束の行く末は、まだ見通せない。

 夜空に向かってふっと息を吐く。この夜空はつながっているなんて幻想は、幸いにして抱かなかった。
 あまり待たせると、乗松から催促が来そうだ。二次会の会場に向けて歩き出そうとしたところで、パタパタと走ってくる足音が響いてきた。

「間に、合わなかった……」

 ホテルの入り口まで走ってきた女性は肩で荒い息をしながら手元の時計を確認している。肩から下げたショルダーバッグからスマホを取り出すと、ため息を継ぎながら周囲を見回す。
 パッチリと目が合った。女性のクリッとした瞳が大きく見開かれる。

「……湊?」
「うそっ。舟木君?」

 女性がパッと駆け寄ってくる。間違いなく、それは湊だった。

「よかった。成田発の飛行機が遅れて、もう誰とも会えないかと思ってた」
「え、帰国して直接来たのか?」
「そうだよ。スケジュールがカツカツで、文字通り飛んできた」
 
 得意げに湊は胸を反らせて見せる。黒を基調をしたショルダーバックにつけられた桃色のお守りがゆらゆら揺れた。少し大人びた感じがするけど、とにかく元気そうだった。

「会えてよかった。二次会の会場こっちだから……」

 わざわざ帰国日に直接来るくらいだから、俺が思ってた以上に湊は同級生に会いたかったのかもしれない。今ならまだ二次会も始まったばかりだろう。
 だけど、会場に向けて歩き出そうとしたところで、後ろからジャケットをくいっとひかれる。

「ね、舟木君。同窓会、抜け出しちゃおっか?」

 振り返ると、湊が悪戯っぽく笑っていた。そんな湊の姿に自然と肩の力が抜ける。

「抜け出す以前に、間に合ってないけどな」