「それでは、改めまして授業を始めさせていただきますね。」

弥編(みあみ)がのよく通る声が響く。

海漣(みらん)とは違った意味で聞きやすい声だ。

「まず、陰陽師(おんみょうじ)に関する基礎事項ですが…。」

ちらっと海漣の方を見る。

海漣はニコっと笑って手を降っている。

弥編は少し諦めたような顔をすると、私の方を向き直した。

「海漣がある程度説明しているようなので、省略させていただきます。もし何かわからないことがありましたら、いつでもお聞き下さい。時間もないので、早速実践と行きましょうか。」

そう言うと、海漣に何かを耳打ちする。

「おっけーい!二人は先に向かっててー!!」

海漣は言い終わるなり爆速で駆け出す。

「あの、何を?」

「外の実習場の使用許可を頼んだのです。外出手続きに少し時間がかかりますので、(わたくし)共は先に向かいましょう。」

「わかりました。海漣は大丈夫なんですか?」

「ええ。海漣の個宝(こほう)瞬間移動(テレポート)ですから。」

「こほう…?」

弥編が驚いた顔をする。

「まさか…。海漣は個宝の説明をしていなかったのですか?」

「はい、多分…。」

怒りのオーラを感じて、少し気圧される。

「少々失礼しますね。」

弥編はそう言って若草色の飾り扇子を取り出すと、口に当てる。

そして言った。

洞穹(ほらあめ)海漣を、ここへ。」

私の方を向いて、完璧な笑みを浮かべた。

怖い…。

完璧すぎて。

「あの、ところで個宝とはなんですか?」

「個宝というのは、陰陽師として認められた際に一人一つ与えられる固有技なのです。私の場合は特例で、亜城(あしろ)家に伝わる個宝・言編(ことあみ)です。あぁ、そういえば。実稲(みいね)様の個宝は実稲様とご両親が存じ上げておられなかったのですが…。どういたしましょうか。」

「どこかに記録されていたりはしないんですか?」

「ええ。個法は儀式の最中に頭の中で鳴り響く声が教えてくれるのです。私達はその声を導きの御声と呼んでおります。そのため、一生個宝を他人に教えない陰陽師もおります。弱点を晒すことになりますので…。」

「じゃあ、無理ですね…。どうしましょうか…。」

じっくりと考え込む。

気がついたら、弥編の顔が目の前にあった。

「あの、実稲様?」

「は、はい!」

びっくりして声が裏返る。

「私に敬語を使う必要はございませんよ?御主人様は実稲様ですし…。」

「いえ!そういうわけには!」

「海漣にはタメ口ですのに…?」

耳と尻尾がたれている。

顔が暗くなる。

心が痛い。

「わ、わかりました!タメ口にします!じゃなくて、する!その代わり、弥編もタメ口でね?」

「わ、私も、ですか?そ、そういうわけには…。」

「さっきの私とまるっきりおんなじ反応だよね?ほら、実稲って呼んで?」

おお、すっごく悩んでる。

「み、みいね…さま。」

「ちょっと、様つけたよね!?」

「気、気のせいです!」

「また敬語!」

「ご、ごめんなさいーーじゃなくてごめん!!」

やばい、楽しい。

テンションが狂っているのを感じる。

そして何かを感じて左を見ると。

とても膨れている海漣がいた。

「随分と、楽しそうですが?」