「せめて、安らかな死を。」

(ケガレ)たちを前に、彼らを指差しながらそう言う私。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

そんなもの、見せないで。

私はもう、陰陽師(おんみょうじ)なんかじゃない。

穢を祓う資格なんてない。

偉そうなことを言っていい人間じゃない。

場面が切り替わる。

少女が、私の目の前に立っている。

少女は私に話しかけてきた。

一瞬、誰だかわからなかった。

「ねぇ、実稲(みいね)。」

声を聞いて、はっとする。

この声は…あの子…!?

どうして…?

少女は話を続ける。

「陰陽師って言うけどさ、」

それは、私が一番聞きたくない言葉。

あの記憶が蘇る。

聞かせないで、お願い。

私に話しかけないで。

やめて。

聞きたくない、あなたのことを、思い出したくない。

少女の顔が私に近づく。

少女の吐息が耳にかかる。

唇が動くのがわかる。

やめて、やめて、やめて!

呼吸が激しくなる。

咄嗟に呪文を唱える。

「立ち()める暗雲ー禍々しき(もや)(ケガレ)の棲家ー聖なる後光(ごこう)の力を()ってー清め(たま)えー(はら)い給えー全ての穢を討ち滅ぼし給えーー急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)ーー陰陽道(おんみょうどう)荒魔斬(こうまざん)霞一閃(かすみいっせん)

まばゆい刀が顕著する。

私はその刀を少女に向かって大きく振る。

しかし、少女が刀に触れると、刀はボロボロと崩れてしまった。

少女は、憐憫を含んだ視線を私に向ける。

身体(からだ)が強張る。

わざとゆっくり口を動かしている。

まるで、あの時をなぞるように。

「穢のほうが」

「嫌っ!!」

思わず叫んでしまっていた。

でも、少女は止まらない。

私を一瞥すると、クスリと嘲笑(あざわら)って言い放った。

「強くない?」

絶望。

全身から、力が抜ける。

そんな私の姿は醜すぎて、笑いすら込み上げてくる。

あぁ。

また、あのときと一緒だ。

聞いて…しまった。

嫌だったのに。

あんな言葉は、もう二度と聞きたくなかったのに。

何で、私はあの子と一緒にいるの?

どうして、どうして、どうして?

私は、あの子から逃げられないの?

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

私が、弱かったから?

私が、祓い切れなかったから?

私が、全員(みんな)を助けられなかったから?

私が、悪いのかな。

後悔の渦が私を引きずり込んでいく。

何で、私はこんなにも弱いの?

何で、強くなれないの?

何で、誰も守れないの?

そうだね。

あの子の言う通りだった。

罪にまみれているのは、穢ではなく、私だ。

弱さは、罪だ。

それを自覚すると、意識が遠のく。

何もかもを、忘れてしまいたい。

陰陽師なんて、考えない世界に行きたい。

そう、強く、強く、願っていた。

目の前が純白に染まる。

思考が停止する。

思考を禁止される。

どうしよう、と思うことも許されず。

何かが、私の元を離れた。

弾けて、消えた。