パチパチという拍手が、空っぽの頭の奥で木霊した。
ふと訝しげな目で隣の席の人に見られているのに気づく。慌てて笑顔を取り繕って手を動かした。
眩しいくらいの笑顔を浮かべた彼は、拍手を送るみんなを見渡して、照れくさそうに頭をかいた。
パチパチ、パチパチ、耳の奥に残った音が蘇る。
手元で火花がはぜたあの日あの夜、私達は約束したのに_。
___
夏の終わり頃の昔話だ。
ある日、幼馴染の陽稀が、買ってもらったという花火を持ってきた。
「線香花火だって。ばあちゃんが、これが一番安全って言ってた」
まだまだ小学生だった私達は、夜の川辺で並んで座る。
上手く火がつかなくて、風を防いだり試行錯誤しながら、ようやく火がついた。
小さく火が跳ねる。パチパチと、静かに燃えた。
わぁ、と声を上げると、陽稀がワクワクしたように声を弾ませた。
「きれいだな、すごいな」
うん、と頷く。頷いた拍子に、大きな赤い丸が、ぽとりと落ちてしまった。
せっかく火がついたのに。
あ、と声がして横を向くと、陽稀の花火も、もう消えていた。
まるで、元々光なんてなかったみたいに。
「_あっけないね」
ポツリと、さっきの明るさも消えたのか、陽稀が呟く。
バケツに燃え尽きた花火を入れて、私も頷いた。
「命みたいだね」
それは、私なりに格好をつけた言葉だった、と思う。
でも、陽稀がその言葉に目を輝かせたのは、予想外で私は目を見開く。
「それ、面白い。優子はロマンチストだな」
褒めともからかいともとれる言葉に俯いた私の耳に、なぁ、と声が落ちる。
「今度は対決しようぜ!どっちの花火が長く持つか!」
ふっと、口元に笑みが浮かんだのが分かった。
「うん、良いよっ」
___
彼が、愛する人と挨拶を始めた。
なんて綺麗で、なんて幸せそうな笑顔なんだろう。
幸せに満ちた空気で胃もたれがしそうだ。苦しい、息が吸いにくい。
無意識に私は、何度思い返しても褪せない記憶の欠片に、想いを馳せる。
___
「よーい、どん!」
陽稀の掛け声で、同時に火を付ける。殆ど誤差なく花火が散り始めた。
静かだった。風の声も、虫の声も、川の声も、全部私達を守るみたいに、優しく吹いている。
二人だけの、秘密の時間だ。最初で最後の小さな花火大会。
「頑張れ、頑張れ!」
陽稀が花火に声を掛ける。
でも、陽稀の花火は、場所が悪かったのかすぐに消えてしまった。
あー、と悲しそうに声を上げた陽稀。
私は自分の花火を見つめた。
もう消えてしまいそうだった。火の塊が、ゆらゆらと不規則に揺れる。
頑張れ、でもだめだ…
ふと、花火の横に、掌の壁ができた。
陽稀の掌だった。まだ小さくて頼りない掌をいっぱいに広げて、煌めく花火のうつった瞳を細めて、陽稀が笑う。
「優子の花火は俺が守るよ!」
その言葉が、どれだけ嬉しかったか、きっと彼は知らない。
一夜の小さな花火大会の想い出が、そこで終わる。
___
彼が、彼女と一緒に挨拶に回っている。
きらびやかで華やかで、可愛い顔によく似合うドレスをきた彼女。
その隣、清潔で爽やかな色味のタキシードを着た彼。
幸せな二人を見て無意識に口が歪む。それに気づいてまた自己嫌悪。
気づいていた、そして心の準備をしていた、はずだ。
ずっとずっと昔の約束なんか、彼が忘れていると。
中学に入って話さなくなり、名前さえ呼べなくなった私は、それでも心の何処かで純粋に信じていた。
私の命が尽きるまで、一緒に居てくれると。
彼が守ってくれると。
___
すっと、小指を陽稀が差し出した。
「また来年、やろうな!」
ゆびきりげんまん
うそついたらはりせんぼんのーます
「うん、約束!」
真っ直ぐに笑えていたあの頃は、自分にも真っ直ぐだった。
___
約束を破るなんて、彼もひどいものだ。
でも、そんな彼に針千本飲ませられない私も約束を破ったカウントになるのだろうか。
そしたらお互い様だ。そう考えてふっと笑う。
彼らが挨拶に回ってくる前に、私はそっと席をたった。
借りていたドレスをフロントに返して、目立たない私服で外に出る。
外は雨が降っていた。天気予報を見ていなかったのが祟った、傘は持っていない。
私には、灯火を守る術がない。…、いや。
私は歩き出す。
きっと、私の火を守れるのは私だけなのだ。
だから、彼への未練を振り払うように、雨の中、足を踏み出す。
冷たい雨が頬を濡らし、涙のように伝う。
忘れてしまえ、流してしまえ。
想い出が鮮やかなうちに、恋心ごと、夜の雨で溶かしてしまえ。
ふと訝しげな目で隣の席の人に見られているのに気づく。慌てて笑顔を取り繕って手を動かした。
眩しいくらいの笑顔を浮かべた彼は、拍手を送るみんなを見渡して、照れくさそうに頭をかいた。
パチパチ、パチパチ、耳の奥に残った音が蘇る。
手元で火花がはぜたあの日あの夜、私達は約束したのに_。
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夏の終わり頃の昔話だ。
ある日、幼馴染の陽稀が、買ってもらったという花火を持ってきた。
「線香花火だって。ばあちゃんが、これが一番安全って言ってた」
まだまだ小学生だった私達は、夜の川辺で並んで座る。
上手く火がつかなくて、風を防いだり試行錯誤しながら、ようやく火がついた。
小さく火が跳ねる。パチパチと、静かに燃えた。
わぁ、と声を上げると、陽稀がワクワクしたように声を弾ませた。
「きれいだな、すごいな」
うん、と頷く。頷いた拍子に、大きな赤い丸が、ぽとりと落ちてしまった。
せっかく火がついたのに。
あ、と声がして横を向くと、陽稀の花火も、もう消えていた。
まるで、元々光なんてなかったみたいに。
「_あっけないね」
ポツリと、さっきの明るさも消えたのか、陽稀が呟く。
バケツに燃え尽きた花火を入れて、私も頷いた。
「命みたいだね」
それは、私なりに格好をつけた言葉だった、と思う。
でも、陽稀がその言葉に目を輝かせたのは、予想外で私は目を見開く。
「それ、面白い。優子はロマンチストだな」
褒めともからかいともとれる言葉に俯いた私の耳に、なぁ、と声が落ちる。
「今度は対決しようぜ!どっちの花火が長く持つか!」
ふっと、口元に笑みが浮かんだのが分かった。
「うん、良いよっ」
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彼が、愛する人と挨拶を始めた。
なんて綺麗で、なんて幸せそうな笑顔なんだろう。
幸せに満ちた空気で胃もたれがしそうだ。苦しい、息が吸いにくい。
無意識に私は、何度思い返しても褪せない記憶の欠片に、想いを馳せる。
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「よーい、どん!」
陽稀の掛け声で、同時に火を付ける。殆ど誤差なく花火が散り始めた。
静かだった。風の声も、虫の声も、川の声も、全部私達を守るみたいに、優しく吹いている。
二人だけの、秘密の時間だ。最初で最後の小さな花火大会。
「頑張れ、頑張れ!」
陽稀が花火に声を掛ける。
でも、陽稀の花火は、場所が悪かったのかすぐに消えてしまった。
あー、と悲しそうに声を上げた陽稀。
私は自分の花火を見つめた。
もう消えてしまいそうだった。火の塊が、ゆらゆらと不規則に揺れる。
頑張れ、でもだめだ…
ふと、花火の横に、掌の壁ができた。
陽稀の掌だった。まだ小さくて頼りない掌をいっぱいに広げて、煌めく花火のうつった瞳を細めて、陽稀が笑う。
「優子の花火は俺が守るよ!」
その言葉が、どれだけ嬉しかったか、きっと彼は知らない。
一夜の小さな花火大会の想い出が、そこで終わる。
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彼が、彼女と一緒に挨拶に回っている。
きらびやかで華やかで、可愛い顔によく似合うドレスをきた彼女。
その隣、清潔で爽やかな色味のタキシードを着た彼。
幸せな二人を見て無意識に口が歪む。それに気づいてまた自己嫌悪。
気づいていた、そして心の準備をしていた、はずだ。
ずっとずっと昔の約束なんか、彼が忘れていると。
中学に入って話さなくなり、名前さえ呼べなくなった私は、それでも心の何処かで純粋に信じていた。
私の命が尽きるまで、一緒に居てくれると。
彼が守ってくれると。
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すっと、小指を陽稀が差し出した。
「また来年、やろうな!」
ゆびきりげんまん
うそついたらはりせんぼんのーます
「うん、約束!」
真っ直ぐに笑えていたあの頃は、自分にも真っ直ぐだった。
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約束を破るなんて、彼もひどいものだ。
でも、そんな彼に針千本飲ませられない私も約束を破ったカウントになるのだろうか。
そしたらお互い様だ。そう考えてふっと笑う。
彼らが挨拶に回ってくる前に、私はそっと席をたった。
借りていたドレスをフロントに返して、目立たない私服で外に出る。
外は雨が降っていた。天気予報を見ていなかったのが祟った、傘は持っていない。
私には、灯火を守る術がない。…、いや。
私は歩き出す。
きっと、私の火を守れるのは私だけなのだ。
だから、彼への未練を振り払うように、雨の中、足を踏み出す。
冷たい雨が頬を濡らし、涙のように伝う。
忘れてしまえ、流してしまえ。
想い出が鮮やかなうちに、恋心ごと、夜の雨で溶かしてしまえ。