自転車のスタンドをおろして、暁斗は愛香の腕を引っ張った。その様子を見た千晃は一瞬ㇵッとするが、何もしようとはしなかった。

「こっち来いよ! 白崎は高校生なんだよ。大人に振り回されるな」
「え……」

 告白されたはずが、何だか本質からずれている気がした。愛香は本当はどうしたいかわからない。きっかけは淡い恋心から始まった。
先生というビジュアルと肩書にキラキラしたものを感じて、遠いところにいる存在に憧れていた。実際リアルにして目の前にしてみると、生身の人間で、今では先生というレッテルがない。これから塾の講師として生きていくというが、前とは違った感覚になってきた。本当に千晃が好きなのか。高校を退学してまで一緒にいるという思いがあったのか、手に入れてしまってから、気持ちが枯渇してきた。燃え尽き症候群だったのかもしれない。暁斗は、愛香の手をそっと握って誘導する。

「行こう。一緒に」
「…………」

 否定も肯定もせず、愛香は、そのまま暁斗に着いて行った。千晃は、追いかけようと、サンダルを砂利の上で動かそうとしたが、踏みとどまった。自分自身といるより、同級生である暁斗と一緒にいた方が幸せなんじゃないかと自信を無くした。
 ただただ、見守って佇んだ。

 千晃が後ろからついて来るんじゃないかとチラチラッと後ろを振り返る。

「……後ろが気になる?」
「…………」
 
 愛香は何も言えなくなった。せっかく連れ出してくれたという申し訳ない思いで、本当のことが言えなかった。
 暁斗は、連れ出して本当に良かったのかと不安になった。

「水族館行ってみる?」

 突然の提案に戸惑いを隠せない。愛香は、目が点になる。

「変顔?」
「ち、違うよ」
「んじゃ、行くか。少ししか見えないと思うけど……」
「うん」

 愛香は暁斗の言葉に癒されつつあった。今まで何をしていたかと自分を疑い始めた。
 空ではからすが鳴いて夕日に向かって飛んで行った。