爽やかな風が吹きすさぶ校舎すぐそばの花壇の前で白崎愛香(しろざきあいか)は、佇んだ。
 スカートが風で揺れ動くのを慌てておさえた。

 窓の向こう側、廊下を生徒たちに囲まれて歩くニコニコと笑う先生の顔。眼鏡が太陽の光に反射して、素顔を覗き見ることはできない。

 どうすれば、彼に近づくことができるのか。先生という立場上、生徒と違って、おおっぴらに告白なんてすることができない。同級生にしても、そんな恥ずかしいことができるわけがないのにと自分で自分をツッコミ入れてしまう。いつも年上を好きになってしまう衝動は止められない。片想いのまま、胸に秘めていることが多い。今回もきっと、そのまま平行線でやり過ごすのだろうとそう思っていた。

 校庭に続くコンクリートの階段を降りると、思わず足を踏み外して、豪快に転んだ。

 1番下に落ちた時には、激痛が入って体を動かすことができなかった。右足をおさえて、しばらく横になっていると、愛香に気づいた名前も知らない陸上部の生徒たちが先生を呼びに行っていた。ざわざわと愛香の周りには生徒たちが取り囲む。大勢の人に見られるというは早々無いため、さらに恥ずかしくなり,前髪で顔を隠したくなったが、ぱっつんに切ったばかりで隠しようがなかった。

「大丈夫か?」

 階段の上から屈んで声をかけてきたのは、まさかのさっき見ていた先生だった。世界史担当の 小高千晃(こだかちあき)独身で校内では女子に物凄く人気である。いつも先生の周りには金魚のフンのように生徒たちがくっついてるそんなイメージだ。

「あ……。痛ッ」

 迷惑をかけてはいけないと慌てて起きあがろうとした。ズキッと右足が痛み出す。無理をしてしまった。

「おいおいおい。無理して動かすともっとひどくなるぞ」

 千晃先生は、愛香を軽くひょいっとお姫様抱っこして、保健室に連れて行った。嬉しすぎて、頬を赤くしたが、なるべく平静を保とうする。周りにいた女子たちは羨ましそうに見つめていた。顔の真下から千晃先生を見たことがない愛香は、遠くから見えない無精髭があることに気づく。完璧じゃないことにちょっとホッとした。

 このまま時が止まってしまえばいいのにと願いながら、千晃先生の腕の中、校舎の中へと運ばれていく。