(あいつが近くにいるだけで何故か心臓の音が早くなる。傷つけたことをずっと引きずってるのか。意識してるのか。
 どうしたら、ゆっくりになるのか忘れている。俺、どうしたんだ)

 試合の始まるホイッスルが鳴った。歓声があちらこちらから聞こえてくる。ボールが相手チームに渡っているにも関わらず、池崎はディフェンスなのに、ボールを追いかけずに目は違うところを見ていた。

「池崎!!ボール来てるぞ」

 龍弥が相手チームのフォワード選手を追いかけている。ディフェンスの役割をすっかり忘れていて、ハッと気づいたときにはボールはゴールの目の前。足の速さは自慢できるくらい早かった。必死にボールを追いかけてキーパーに任せないよう努力した。どうにか、池崎のパスでミッドフィルダーの木村にボールが渡った。龍弥と木村でパスを回して、ゴールを目指し、フォワードの大友へボールを繋いだ。敵チームの勢いを交わして、どうにかゴールに持ち込んだ。ハイタッチをして、得点を喜んだ。自分のポジションに戻りつつも、菜穂の視線の先をいつも気になっていた。こっち見てるわけないだろうと案の定、視線の先は龍弥の方ばかり。そりゃぁ、そうだろうなとため息をついて着ていたシャツで顔を拭いた。

「池崎、集中集中!!」

 龍弥は後ろを見て、声をかけた。

「おう」

 よそ見をしていたのがバレたのかとヒヤヒヤした。

「菜穂ちゃん、今日、なんだか、みんな動きがアクティブだよね。調子いい感じ」
「そうですね。なんか、まとまりある感じ。良いですね」

 2人とも観客席でニコニコしながら試合を見ていた。コーチと顧問の投げかける言葉で喝が入ったらしく、池崎のことのわだかまりも無くなったようだ。今はとにかく試合に熱中している。その後、ゴールをふせいで1点獲得のまま勝利に導いた。良い試合運びとなっていた。

 「お疲れ様でした!!」

 両チーム向かい合って握手し合った。それぞれベンチに戻っていく。恭子と菜穂はタオルや飲み物を配りに回った。

「お疲れ様ぁ!みんな今日、めっちゃ調子よかったよ。別人みたいだった」
「本当っすか?」
「うんうん。そうでしょうそうでしょう」
「はい、冷えひえタオル~」
「ああ」


 菜穂は龍弥に1番に渡した。口笛を吹く大友。

「やっぱ1番に彼氏ですかぁ」

 顔から火が出そうなくらい真っ赤にする菜穂。慌てて池崎や木村にタオルを配った。


「ありがとう」

と木村。

「大友、そうやって冷やかすのやめろよ」

と言いながらタオルをもらう池崎。


「俺にもちょうだい」
「はい、どうぞ」

 大友は恭子から渡される。

「げっ、俺のめっちゃ冷たくね?」
「それ、クーラーボックスの中でかたまったやつだから」
「新手の嫌がらせ?」
「菜穂ちゃんいじめた罰よ」
「ご、ごめんなさい。でも、暑いからちょうどいいっす」

 そう言いながらカチンコチンになったタオルを首にあてた。

「でも固くて痛いっす」
「そりゃそうだ」


 爆笑のチームメイトたち。空気が和んだ。

「菜穂、飲み物ちょうだい」
「あ、うん。はい、どうぞ」

 タオルで汗を拭いてすぐに声をかけた。シャツに空気を入れて暑さを和らげさせた。龍弥は全然大友発言に気にしてなかった。

「あのさ、日曜日って部活休みだよな」
「うん。そうだよ。珍しいよね。熊谷先生が用事あるからって話だよ。その分、来週からは毎週あるけどね。
 なんかあるの?」
「んー、どっか行こうかなって思って」
「そっか、いってらっしゃい」
「は? 何聞いてんの? 一緒にだよ」
「へ? 私も?」
「うん」
「どこ行きたいか考えてて」
「ペンギン……見たいな。暑いから」
「んじゃ、水族館でいい?」
「うん、イルカショーも見れるね」
「なになに、デートの約束?」

大友が横から話に入ってくる。龍弥は頬にぐっぐーと手のひらを押し付けた。

「なぁにーすんだよー」
「嫌がらせ~」
「いいなぁ。デート。俺もデートしたいなぁ。彼女いないけど」
「彼女作ってから言えって」

 龍弥は大友の頬をタコにさせた。

「あ、そういや、龍弥。下野さんたちに何か言われてなかった? こっちの部活に来ちゃったから結局挨拶もできずに顔出せなかった。良いのかな」
「ああ、別にいいんじゃね? こっち忙しいし、行けるとき行けばいいじゃん。行けるかわからないけど」
「え、なんの話? 2人だけ知ってるみたいなずるいな」
「そうだ、大友も彼女欲しいならフットサル行けばいいじゃん。平日の夜8時から10時までやってるぞ」
「えぇーフットサルって男がやるもんじゃねぇの。女子も来るの? ……てか、もしかして 2人ってそのフットサルで仲良くなったの? 馴れ初め?」
「あぁ、まぁ。いや、でも同じクラスだったし。なぁ?」
「あ、うん」

 少し照れくさそうに返事をする。

「俺も行こうかなぁ。でも部活終わりに
 行くのキツくね? 体持つかな」
「それはある。部活やってなかったから行ってたのはあって。気が向いたら行ってみ」
「考えとく。でも彼女は欲しいんだよ」

 大友はブツブツ言いながら、ベンチに座る。

 少し遠くで軽くストレッチをして耳をダンボして聞いていたのは池崎だった。

(日曜日に水族館……)

 背伸びをして、腕伸ばしをした。横目で龍弥と菜穂が談笑しているのが気になった。何を話しているとか
 何が笑いのツボとか変に気にして聞いていた。でも、2人は笑うというより
 いつでも口喧嘩してることの方が相変わらず多かった。

「みんなそろそろ帰るぞ。忘れ物ないようにな。バスに乗って~」

 顧問の先生が騒ぐ。部員たちは荷物をまとめてバスに乗り込んだ。龍弥は菜穂が持とうとした大きな応急処置セットのボックスを代わりに持った。

「私持てるし、いいよ!」
「いいから、黙って任せとけ」
「えー、菜穂ちゃんいいなぁ。私も荷物あるんですけど……」
「俺が代わりに持ちますよ」

 池崎は恭子の持つボックスを持ってあげた。

「良いの? ありがとう。助かるわ」
「先輩も大変ですもんね。足腰とか腕とか……」
「池崎くん? なんか言った?」
「いえ、なんでもないっす」

(やべ、失言だった)

「でも、今日、池崎くんも来てよかったね。しっかり活躍できてたじゃない。」
「そうっすかね。それは良かった」
「ポジションもディフェンダーの方が相性いいじゃないの? 集中できるし。ミッドフィルダーは前も後ろも確認しないといけないから忙しいし。池崎には後ろの守りが合ってるって」
「そうですね。人には人の活躍場所ってあるって感じですかね。自分の中で固執した考え方してたかなと気づきました」
「うんうん。良い感じ良い感じ。次の試合もがんばろう」

 静かに頷く池崎だった。
 
「菜穂、あれある?」
「これ?」

 菜穂は龍弥が首につけていたネッククーラーを手渡した。クーラーボックスの中でさらに冷やしておいたらしい。

「そうそう。さんきゅー。あー、いいな。これ」
「龍弥、それ、何つけてんだよ」

 バスの座席でガヤガヤうるさくなってきた。

「ネッククーラー」
「俺にも貸して」

 後ろの席に座っていた大友が受け取った。

「いいな、これ。俺もほしい」
「雑貨屋とかドラックストアに売ってるから買えって。てか返して。」
「俺も使ってみたい」

 横から池崎も参加する。その連鎖は3年の先輩たちにまで広がった。盛り上がっていつまで経っても龍弥の元には戻ってこない。戻ってきた頃には全然冷えなくなっていた。

「意味ねぇじゃんこれ。みんなの体温で溶けてるし……」

 バスの中は笑いの渦に包まれた。みんなからいじられやすいキャラクターってことなんだろうなと菜穂は1人納得していた。
 龍弥はネッククーラーが冷えなくてブツブツ不満そうな顔をしていた。