そしてある日、僕がいつものように部室で凛先輩を待っているとガラガラとドアが開く音がした。僕は淡い期待に包まれたが、部屋に入ってきた人物を見てその期待は粉々に散った。
「こんにちは、藤野先生。」
そこに立っていたのは天文部の顧問の藤野先生だった。
「おお。えっと、名前なんだっけ…よっ、坊主。」
「そろそろ、名前覚えてくれませんか。敬ですよ。」
「そんな感じだったな。いつも、凛が『後輩ちゃん』って呼ぶから覚えられないんだ。」
唐突に出てきた『凛』という名前に僕は心臓が千切れるかと思った。
「そう言えば、あいつどこだ。」
と言いながら僕を見た。僕は、小さく首を振った。
「わからないです。ここ最近、ずっと部活に来ないんです。」
「なんでだ。」
もう一度僕は小さく首を振る。僕だってわからない。知ってたら僕は凛先輩のところに行くだろう。僕だって知りたい。僕だって…。けれど、僕は知らない。凛先輩のことは何も知らない。
「こんなこと、初めてだな。」
と言う声で僕は我に返った。
「こんなことって凛先輩が部活を休むことですか。」
「そだよ。あいつ、ずっといたからな。」
と言いなぜか昔を懐かしむような顔をした。
「もし、何かわかったら僕に教えてくれませんか。」
「いいぜ、坊主も凛の事が心配なんだな。いつも冷たくあしらってるのに、な。」
「一言多いです。」
凛先輩がいなくなってから始めて、部室に話し声が響いていた。