好きだからこそ、想いは伝え合いたかった。
 だから、ミチからの言葉を期待していたし、私は言葉にし続けた。
 ミチには、届いていなかったみたいだけど。

 初めて会った時には、泣きそうな顔で周りをキョロキョロと見渡していた。
 だから、気になってしまって、緊張してる癖に強がって笑顔で声をかけた。

「初めまして! 新しいクラス緊張するよね、私も去年仲のよかった子と離れちゃって」

 緊張が言葉に現れるように、やけに饒舌に口が回る。
 不安そうな表情のくせに、歪めた笑顔を作ったミチに、私は親近感が湧いた。
 自分の恐怖を隠して、目の前の人を安心させようとしてる。
 そう思ったら、ますますミチのことが気になった。

 怖いです、もうダメです。
 そんな言葉が頬に書いてある気がするのに、ミチはいつだって誰か困ってればすっ飛んでいく。
 揉め事が起これば、身を縮めて考え込む。
 そして、間に割って入って、やめようと声を上げる。
 弱い自分でも、強くあろうと立ち上がる姿に、すっかり好きになってた。

 弱みを絶対に見せないように振る舞ってる癖に、表情や仕草に出てしまうところが愛しかった。
 だから、初めて言葉に出したSOSに私は焦ったんだ。
 本当に、ミチがどうにかなってしまうかも。
 悪い妄想をして、気づけば「会おう」と送っていた。

 それ以来、私たちは夜中の寂しさをお互いで埋め合ってきた。
 私は寂しい、よりも、どうにもならない焦燥感だったけど。
 私は何者にもなれない。
 働くことも、学ぶことも、誰かと共にいることも、向いていない気がしてくる。

「トモは、進路考えてる?」
「ううん」
「僕は大学には行こうと思ってるんだけど」
「私も一緒に行く! ミチとずっと一緒にいたいし」

 ミチと進路の話をした時を、思い出す。
 私は大学に行くことも、考えていなかった。
 それでも、ミチと離れてしまうことは嫌で、私も大学受験への勉強を始めた。
 私の返事にミチは「そっか」とだけ呟いて、曖昧に笑う。
 いつだって、私に明確な言葉はくれなかった。

 それでも私の中で、ミチと過ごす時間だけが生きている理由だった。
 いつだって、ミチは私を待ってくれている。

 静かな公園でゆっくりと動くミチの背中を、いつまでも見ていたかった。
 でもそわそわと揺れる姿に、放置はできなくて飛びついて声を掛ける。
 愛しくて、いつだって触れていたかった。
 
「見つけた、ミチ! こんばんは!」

 笑かければ、ミチは心底安心した表情で私を抱きとめる。
 そして、何も言わずに二人で手を絡め合う。
 何度も繰り返した、私たちの真夜中のデート。
 永遠にこの時間が続けばいいと思っていたし、終わりは来ないと思ってた。

 私とミチは二人で、ずっと楽しく過ごせる。
 そう思いながら歩く夜道は、美しかった。
 星空が瞬いて、月明かりが私たちの進行方向を照らす。
 まるで、舞台のスポットライトみたいに。

 でも、終わりは、簡単に訪れる。

 お父さんの転勤は、急な話だった。
 高校生にもなって転校。
 今までだって、したこともなかったのに。
 一人暮らしをさせて欲しいという願いは口にできず、ただ頷いた。

 遠距離の友人になったとして、ミチは私のことを覚えていてくれるだろうか。
 そんな不安が真っ先に過ぎる。
 きっと、新しい友達ができれば、私の居場所はその人に変わる。
 そして、いつか、そんな友達がいたな、と私の存在はミチの中で薄れるだろう。

 想像してみて、悲しさに涙が出そうになった。
 いつだって私は、ミチの一番になりたかった。
 永遠を誓うような、お互いのために生きていけるような、そんな存在。
 でも、ミチは答えを出さずに、まぁまぁと曖昧に笑う。

 今までだったら、まだ時間を掛ければと楽観的に見ていた。
 でも、遠くに離れてしまうのは違う。
 私は、選ばなくちゃいけない。
 ミチが答えてくれなければ、諦める選択を。

 だって、遠く離れた地から、どれだけ思いを伝えたって、近くにいた今より伝わることなんてないんだから。

 最後の夜。
 期待していた。
 今日こそは、ミチが頷いてくれて、私たちは晴れて恋人になる。
 そして、遠距離だけどと告げて、遠いながらに愛を育む未来を。
 諦める選択肢なんて、考えたくなかった。

 私は散歩をしてる時は、ずっとミチを見つめていた。
 さりげなく歩道側を歩いてくれる背中。
 笑った時にできるエクボ。
 困らせた時に下がる眉毛。
 全てが、たまらなく愛しかった。

「ミチの頬にできるエクボはかわいいね」

 私がミチを褒めれば、ミチは逃げるように私のポニーテールの髪の毛に戯れつく。
 
 今日は、そんな変化のない夜を、終わらせなければいけない。
 ミチの前では束ねていたポニーテールを、解く。
 首元を撫でる髪の毛に、そわそわとしてしまう。
 そして、戯れることができないようにお団子にまとめなおした。

「ミチは私とどうなりたいとか、考えないの?」

 何度も届けた言葉を、ミチは、今までは曖昧に笑って誤魔化した。
 今日こそは、答えて。
 お願いだから、誤魔化さないで。
 願いを込めながら、待ち合わせ場所に足を進める。

 伝えづらくて、結局、引越しの前日まで私は同じ日々を繰り返してきた。
 ねぇ、今日が最後だよ。
 笑ってキスして、抱きしめ合って、恋人になってよ。

 ミチの背中は、いつもと変わらず、ゆっくりと揺れてる。
 その姿を見るだけで、涙が溢れ出そうになった。
 二人でよく出かけたショッピモールで買った、色違いのお揃いスニーカー。
 私のだけ、色のせいか、くすんできたように見える。
 ミチは、毎回丁寧に洗ってるのかもしれない。
 ピカピカに輝いて見えて、涙を飲み込んだ。

「ミーチ! こんばんはっ!」

 私の声はいつも通りに、聞こえてるだろうか。
 不安は胸の中で、勝手に広がっていく。
 それでも、振り返ったミチの顔はいつもと変わらない。

 二人で当たり前のように、夜の道を手を繋いで歩く。
 冷たい夜風が二人の間を通り抜けて、体を冷やした。
 いつもだったら、星とか、犬とか、たわいもないことを話題にするのに。
 今日は、何を言っていいか、一つも思いつかない。

 いつもの交差点。
 青信号が点滅して、私たちは足を止めた。
 犬と戯れる私を見てくれたミチの優しい視線を思い出して、また期待と不安が身体中をぐちゃぐちゃにしていく。

 友達以上恋人未満という関係が心地よかった。
 ミチが曖昧に流すことさえ、私は幸せだと思っていた。
 でも、それじゃ、きっと、私たちの未来はない。
 急な別れが近づいてきて、やっと気づいた。
 私たちの関係は次に進まないと、きっと続かないから。

「ミチのことが、大好きだよ。だから本気で考えてほしい」

 意を決した言葉は、ひゅうっと喉が閉まる音にかき消されそうだった。
 おずおずとミチの表情を見れば、また困ったように笑ってる。
 ただミチと繋いだ左手が、いつもより汗をかいて湿っていた。
 答えないミチに、もう一度だけ願いを込めて、言葉を口にする。

 ねぇ、恋人になろうよ。
 私たち、明日からは遠くの友達になっちゃうんだよ。
 遠くの友達でも、覚えててくれる?
 会えないんだよ。
 寂しい時間を会って、埋められないんだよ。
 私のことなんて、きっとキレイさっぱり忘れちゃうよ。
 だから、遠距離恋愛の恋人になりたいんだよ。

「ミチは恋人になりたいって思わないの?」

 また曖昧に流そうとしたミチは、周りを見ていなかったのか水たまりに踏み込んだ。
 水たまりから跳ねた泥が、ピカピカだったミチのスニーカーに大きな黒いシミを残す。
 私の薄いピンク色のスニーカーはギリギリ掛からなかった。

 ミチの返事は、分かりきっていたのに、私は期待してた。
 もしかしたら、今日は違うかもしれない。
 違くなかった。
 ミチは、私と恋人には、なりたくない。
 涙を飲み込んで、繋いだ手はそのまま、夜の道を歩く。
 ぼんやりと地面を照らす月明かりすら、苛立たしかった。
 
 ミチといつもの公園にたどり着いた時、手を離して、小さく呟く。

「さようなら」

 ミチは聞こえていなかったのか、ぼんやりと私を見つめた。
 そして、いつものように「またね」と、口にする。
 去っていくミチの背中を見つめながら、SNSも、メッセージも、全部削除した。

 残していたら私はきっとまた、ミチに連絡をして、忘れてないか確認してしまう。
 瞳から溢れた、涙が頬を伝っていく。
 ミチと恋人になりたかった。
 ミチの一番大切な存在になりたかった。
 遠く離れても、会いに行ったり、会いに来たり、記憶から薄れない存在。
 
 たらればを想像して、冷えた体が震える。
 ありえない。
 ありえないから、ミチはいつも私の言葉を曖昧に流していたんだ。

 一人で生きて行くには、この世界は寒すぎる。
 息が凍りついて、乾いたような言葉が喉の奥に張り付いた。

「愛してたよ、ミチ」

 いつだって言葉にしていた「愛してる」は、ミチにはもう届かない。
 届かせない。
 私は、笑った時にできるエクボが好きだった。
 私が困らせた時も、無理矢理にエクボを作って困ってない風を装う。
 優しい人だった。

 手を繋いで犬に走り出した時も、「待ってよ」と言いながらも着いてきてくれた。
 公園でアイスを食べたこともあったな。
 二人で半分こして、星空がキレイなこととか、ミチの黒髪が光を反射してて可愛いとかを口にした気がする。

 余すとこなく、言葉で伝え続けたように大好きだった。
 全てが、愛しかった。
 
「愛してたよ」

 もう一度確かめるように呟いた言葉は、ただ夜空に消えて行く。
 明日がまた変わらずに来ていたら、私は変わらずにミチと友達でいられたかな。
 想像してみて、首を横に振る。
 いつかは、来るお別れだった。
 わかっていたから、全部ここに置いていく。

 空を見上げれば、星がチラチラと瞬いた。

<了>