淡いピンクのドレスに身を包み、華やかな会場を歩く。窓の外はもう陽が落ちていて暗いのに、対照的に会場はきらびやかで明るい。
 まだ同窓会が始まる前だというのに、私の足は靴擦れの予感を訴えていた。ドレスを買った店で一緒に買った靴は、どうやら合わなかったようだ。

「結衣……? 結衣だよね? 久しぶり!」
「美弥? えー、久しぶり! 元気にしてた?」

 高校時代の友人である渡部美弥に声をかけられて、自然と口角が上がる。部活が同じ人の中でも特に仲が良かった。会うのは高校以来だ。ハタチの時の同窓会には予定が合わなくて参加できなかった。県外の大学に一人暮らしをして通っていたから予定を合わせることもままならず、結局今日まで一度も会えなかった。実に五年もの月日が流れている。

「元気元気! 結衣、めっちゃ大人っぽくなってる! 就職した? 最近どう?」
「美弥も大人っぽいし美人すぎる! 無事に就職できたよ。会社は大変だけど、なんとかやっていけてる。上司に恵まれてて」
「美人じゃない美人じゃない。上司、良い人なの? いいなあ。こっちは部長が毎日イライラして怒鳴るから最悪よ」

 高校時代には禁止されていたメイクをして、制服ではなくドレスを着て、髪も巻いてセットして。当時よりも落ち着いたトーンで話す美弥は、高校生の時と変わらない屈託のない笑顔を浮かべた。
 その笑顔に懐かしさを覚える。美弥の笑顔は周囲の人を幸せにさせる。五年経っても変わらない笑顔がなんだか嬉しかった。

 当時の思い出などを語り合っていると、席に着くようにとアナウンスが入った。席は高校三年生の時のクラスごとに指定されている。三年生の時はクラスが離れてしまった美弥とは別れて、適当な席についた。
 一人で目の前の料理をつまむ。話し相手は残念ながらいない。県外の大学を目指して受験勉強に必死になっていた私は、三年生の時にクラス内で新しく友人を作ることができなかった。それなりに言葉を交わす相手はいたが、今日五年ぶりに再会してもせいぜい「久しぶり」と手を振る程度の関係だ。

 ゆっくりと咀嚼しながら、会場内を見渡す。時々一年生の時や二年生の時のクラスメイトと目が合って手を振りつつも、私の視線はたった一人を探していた。

 ……いた。

 当時は動きやすいように短く切っていた黒い髪は、耳にかかりそうなくらいに長くなって焦げ茶色に染められている。鍛えているのかがたいが良くなって、心なしか身長も伸びている。
 杉田くんは、友人たちに囲まれて楽しそうに肩を叩き合っていた。杉田くんの笑顔は会場の照明よりもまぶしい。
 やっぱり、かっこいい。

 見つめているとは悟られないように、自然に。チラチラと視界に入れる。杉田くんの姿が目に映るたびに、当時の記憶がよみがえって胸がむずがゆくなった。

 杉田くんとは、二年生と三年生のときに二年連続で同じクラスだった。

 二年生の時は、私なんかにも気軽に話しかけてくれて良い人だなあとしか思っていなかった。たくさんいるクラスメイトの男子の中で、ほんの少し話す機会が多い人ってだけ。
 あまり社交的ではない私は、クラスメイトといえども必要に迫られない限りは男子と話すことはなかった。杉田くんはいつも明るくて、誰にでも同じように接していた。私にも笑顔で声をかけてくれる、そんな人柄に少し憧れていた。

 三年生になって、クラス分け表を見ると、仲が良かった友だちは全員違うクラスだった。
 あまり話したことのある女子もいなくて、心細くて寂しかった四月。出席番号順に指定された席が杉田くんの隣だった。

「知ってる奴が隣で良かったわ。よろしくな!」

 そう言って挨拶してくれて、このクラスでもなんとかやっていけそうだとホッとしたことを今でも覚えている。

 ある日、杉田くんが教科書を家に忘れてきた。

「神様、仏様、塚本様! 教科書忘れました。見せてください!」

 謎の文言と共に両手を合わせて拝まれた。
 机を寄せてきた杉田くんに教科書を見せてあげると、明るい笑顔でお礼を言ってくれた。真剣な表情で教科書をのぞきこむ杉田くん。近くなった距離に心拍数が速くなるのを感じて、心臓の音が杉田くんにも聞こえてしまいそうで少しだけ体を遠ざけた。

 次の日、杉田くんは「ありがとう」の言葉とともにチョコレートを一つくれた。
 どこのスーパーにでも売っているようなそのチョコレートは、今までに何度も食べたことがある普通のチョコレートだった。そのはずなのに、なぜか未だかつて食べたことがないくらいに甘くておいしかった。

 席替えをして席が離れてしまっても、杉田くんは時々私に話しかけてくれた。「塚本!」と呼んでくれる声に心が弾んだ。杉田くんが振ってくる話題は相手なんて誰でもいいような先生への愚痴や雑談だったけど、クラス内に話し相手があまりいない私にとっては最高に嬉しくて楽しい時間だった。
 杉田くんは事あるごとに同じチョコレートをくれた。杉田くんのカバンの中はどうなるんだろうと思ってしまったくらい。そのチョコレートは甘くて、とろけそうで、いつも楽しみだった。

 私は、杉田くんに恋をしていたのだと思う。

 県外の大学を目指していた私は受験勉強が忙しかった。勇気を振りしぼって想いを伝えたとしても、振られたり噂になったりすることを想像すると怖くてたまらなくて、結局告白をすることなく卒業した。

 大学に入った後もふとした瞬間に杉田くんと話したくなって、会えないのが寂しくて、まだ杉田くんのことが好きなんだと自覚した。高校の時のクラスのチャットグループから杉田くんのアカウントを見つけて、アイコンを眺めてため息をついた。自分から連絡をする勇気は残念ながら私にはなかった。「俺のことが好きなのかな?」と思われるのが気恥ずかしくて。焦って連絡しなくても、同窓会でまた会えるだろうと淡い期待を抱いていた。
 ハタチの時の同窓会の時は、実習が重なって泣く泣く諦めた。同窓会に行けないことが本当に悔しかった。卒業して五年経ったタイミングで再び同窓会が企画されていると聞いた時は、スマートフォンを握りしめて飛び跳ねて喜んでしまったっけ。

 杉田くん、今好きな人とか彼女とか、いるのかな。私から話しかけられるような機会ってあるかな。思い切って声をかけてみる?
 それか、高校の時みたいに杉田くんから話しかけてくれないかな。
 
 高校時代を思い出してぼんやりとしていたうちに、杉田くんは先ほどまでいたはずの場所からは移動してしまったようだった。どこに行ったのかと会場内を見回そうとした時だった。

「塚本? 塚本だよな? うわー、久しぶり!」

 懐かしい声が、すぐ近くから聞こえた。心臓がぴょんと跳ねて、思わず息を止める。声が聞こえてきた方向を見ると、杉田くんが隣の席にドカッと座るところだった。
 今、塚本って言った? 私に話しかけてる?

「ひ、久しぶり」

 なんとなく水の入ったグラスを引き寄せて両手で持った。何かを触っていないと両手が落ち着かなくて動き出しそうだ。
 冷たいグラスが、あっという間に上昇した体温を少しだけ冷やしてくれる。

「前の同窓会来なかったよな、今日こそは会えないかなって思ってたんだよね。元気そうだな。会えてよかった!」

 会いたいと思っててくれたの?
 好きな人に「会えてよかった」と言われて喜ばない人がいるだろうか。当然私は大喜びだ。

「前は実習が被っちゃってどうしても行けなくて……。今日会えて本当に嬉しい!」

 声が弾む。
 杉田くんから話しかけてくれた。会えないかなって期待してくれてた。これはもしかして、もしかして。

「塚本、二年間同じクラスだったよな。俺忘れ物とか先生の言ったテストに出る所を聞いてなかった時とか多かったし、いつも助けてもらってた記憶あるわ」

 笑いかけられて、胸がきゅんと音を立てる。
 なんなの、もう二十代なのに高校生みたい。

「杉田くん、最近どう? 元気にしてる?」
「元気だよ! 仕事は覚えることが多すぎて大変だけどな。塚本は?」
「私も仕事は大変だけど、上司が良くしてくれるから」
「えー! 良い職場じゃん」

 ニコニコと笑う杉田くんを見ていたら、彼女がいるかどうかが気になってうずうずしてきた。好きな人から話しかけられて、再会に盛り上がって膨らんで、天井まで届いてしまいそうな感情を今は理性が必死に押さえ込んでいる。そのストッパーを外してもいいのだろうか。水しか飲んでおらずアルコールが入っていないためか、勇気が出ない。

 聞きたい。聞けない。聞きたい、聞けない。

 もごもごと口を動かすと、杉田くんは「ん?」と首を傾げた。
 えーい、どうにでもなれ!

「ねね、杉田くんはモテそうだし、彼女とかできた?」

 言っちゃった……! 言っちゃったよ!
 単なる興味で聞いただけという体を装いつつ、心の中では両手を組んで、杉田くんの返事を祈るような気持ちで待つ。
 いる? いないよね? いないって言って! お願い!

「彼女? 残念ながらいない」

 杉田くんは特に何かを気にする様子はなく、普通に答えてくれた。
 彼女、いないんだ。そっか。そっか!

「塚本は?」
「なに?」
「だから、彼氏いるの?」

 期待と喜びを噛みしめていると、片方の口角を上げてニヤッと笑った杉田くんに同じ質問を返された。

「い、いないよ?」
「ふーん」

 ねえ、それどういう質問? ふーんってどういう意味?
 期待しちゃっても、いいのかな?

「俺さ、好きなやつはいるんだよね」

 真面目な顔で見つめられて、胸がトクンと音を鳴らす。周りにはたくさんの人がいるはずなのに、私の目も耳も全てが杉田くんに集中して、周りのことは気にならなくなっていた。

「今日を逃したらもう会えないかもしれないし、さ」

 温泉でのぼせたみたいだ。全身がぽっぽと発熱する。
 周囲は騒がしいはずなのに、私の脳内には何の音も入ってこない。聞こえるのは杉田くんの声だけ。

 顔、赤くなってないかな。ううん、絶対に赤くなってる。
 顔にはベースメイクの層があるから、ちゃんとカバーされていて杉田くんにはバレてないと思いたい。お願い、気づかないで。恥ずかしすぎる!

「塚本、渡部と仲良かったよな。呼んで来てくんねえ?」

 渡部?

「……渡部って、美弥のこと?」
「そう」

 照れたように鼻の下を指でこする杉田くんを呆然と見つめる。
 すーっと身体中の熱が引いていく。さっきまで発熱していたはずの体は、芯から冷えていくかのようだ。

 急に耳が他の人の声を拾い出す。ザワザワとした話し声が、耳の中で勢いよく音量を増していく。周りの人に私の勘違いがバレていないだろうか。

「……美弥のこと、好きなの?」

 絞り出した声に、杉田くんは顔を赤くした。

「そうみたいなんだよね」

 恥ずかしい。思いっきり勘違いだったじゃん。全部自分に都合がいいように解釈してさ。

「へえ! 知らなかった。どういうとこが好きなの? いつから?」

 友人の恋バナが好きな女子を装って、明るく聞く。私の気持ちが知られてしまわないように。
 自ら傷つきにいくなんてバカみたいだと思うけど、聞きたかった。

「好きだなって思ったのは前の同窓会の時だよ。大人っぽくてさ、いわゆるギャップってやつ? それにやられちゃった。高校の時から笑顔が可愛いなとは思ってたんだよね」
「へえ、いいじゃん」
「そうなんだよ! そん時は勇気が出なくて声かけられなかったんだけど、今日こそはってな!」

 美弥のことを語る杉田くんは楽しそうだ。首まで赤くして。
 私、そんな杉田くんの表情は初めて見たよ。

 前の同窓会で、好きになったんだ。ギャップ。ギャップかあ。私も実習さえなければ、同窓会に来ていれば、可能性はあったのかな。
 ううん、そんなわけない。美弥は美人だから。きっと私なんか恋愛対象ですらないよ。
 かっこよくなった杉田くんと美人な美弥、絶対にその方がお似合いだよね。

「彼氏、いるかな。あいつ美人だし、彼氏の一人や二人いてもおかしくないよな。何か知ってる?」
「ごめん、知らないかも。そもそも彼氏が二人いたらおかしいでしょ」
「だな!」

 私の下手なツッコミに、杉田くんはカラリと笑った。
 今、私はどんな表情をしてる? どんな声を出してる?
 ちゃんと笑えてるかな。ただの高校時代に仲が良かったクラスメイトの演技はできてるかな。わかんないよ。
 目元が熱くなる。湧き出してきそうな涙を押さえ込むと、鼻の奥がつんと痛んだ。だめ。泣いちゃだめ。我慢しなさい、私。

「塚本、頼むよ。彼氏がいてもいい。とりあえず一回だけでも話がしたいんだ。まじで頼む!」

 昔教科書を忘れてきた時のように、両手を合わせて拝まれた。

「わかった。とりあえず呼んで来るね」

 土砂降りの雨が降っていそうな心を、深く息を吸って落ち着かせて立ち上がる。杉田くんは満面の笑みを浮かべて私の両手を握り、上下にブンブンと振った。

「まじ!? ありがとう。感謝感謝! 恩に着る!」
「いいよ、このくらい。大したことじゃないし」

 握られた手に伝わる熱が苦しい。キラキラと輝く笑顔がまぶしい。
 美弥を呼んで来たら、杉田くんの笑顔は美弥に向けられるんだよね。

 手を離してほしくない。笑顔を私に向けたままでいてほしい。
 時間の進みが遅くなればいいのに、時間が止まればいいのにという願いを奥歯で噛み潰した。

 無情にもすぐに手は離されて、体の向きを変えられて美弥の方へと押し出される。

「同窓会の時間あと少ししか残ってないんだってば! 時間切れになったらマジで困るから、よろしく!」
「えー、はーい」

 面倒なお手伝いを頼まれた子どものような返事だけを口から吐き出す。私の中の燃え盛る感情を包み隠せるように。

 素直に歩き出し、別の友人たちに囲まれていた美弥に声をかけた。

「美弥。ちょっとごめん。杉田くん、分かる? 美弥と話したいんだって」

 美弥と一緒にいた人たちからきゃあと悲鳴が上がった。
 女子にとって友人の恋愛は大好物。久しぶりに再会した友だちと近況を話すのも楽しいけれど、その友だちの恋模様を眺めてささやき合っているのもとても楽しい。

「え、分かる! あの杉田くんでしょ。どこ?」

 美弥は頬を染めてうつむき、チラチラと杉田くんを探すように視線を動かした。
 へえ、そうなんだ。へえ……。

「あそこ。分かる?」
「んー、あ、分かった! ありがとう。杉田くん、今日久しぶりに会ったらすごくかっこよくなってたからさ、良いなって思ってたんだよね」

 美弥は、こちらを見てぎこちなく手を振る杉田くんに駆け寄って行った。

「ねね、あの二人、くっつくかな?」
「美男美女カップルじゃん。お似合いだよ」
「美弥も満更でもなさそうだし、いけるんじゃない?」

 美弥の友人たちはつい一分前まで盛り上がっていたはずの話題など綺麗さっぱり忘れて、目の前のリアルな恋愛ドラマを楽しみ始めた。

 彼女たちの会話を聞きたくなくて、その場から離れる。
 壁にもたれて、杉田くんと美弥が笑い合い、楽しそうに話し始めた様子をぼんやりと眺める。

 なによ、揃って顔を赤くしちゃって。

 手に持ったままのグラスの中の水を一口飲んで、渇いた口をうるおした。

 同窓会で会ってギャップの効果で好きになった? 久々に会ったらかっこよくなってた?
 そんな理由に、私の高校の時からの長い片想いは負けるの?

 分かってる。気持ちを伝えなかった私が悪いって。
 さっきだって、言えばよかったんだ。他の女の子を呼びに行きたくないって。杉田くんのことがずっと好きだったって。
 美弥の方が美人だ、なんて。そんなのはただの言い訳。杉田くんは美弥のギャップにやられたと言っていたけど、まだ本当に好きなわけではなかったかもしれない。私が好意を示せば、私のことも見てくれたかもしれない。

 なのに、「美弥のどこが好きなの?」なんて聞いて、茶化して。バカみたい。

 振られるのが怖かっただけ。恥をかきたくなかっただけ。どうせ美弥を呼んでもらうためだけに私に話しかけてきた杉田くんに、想いを告げる覚悟がなかっただけ。
 告白できずに卒業したあの時と何も変わってない。成長してない。

 グラスの中のほとんど溶けた氷を揺らす。
 キャーっと高い声が聞こえた気がして顔をあげると、真っ赤な顔の杉田くんと、コロコロと表情を変える美弥が目に入った。

「あ」

 美弥の手、握った。
 美弥の友人たちが落ち着かない様子で二人を盗み見ながらニヤニヤしている。この後、美弥から話を聞いてまた歓声を上げるのかな。

 さっきまで、杉田くんの手は私の手を握っていたのに。どうして言えなかったんだろう。好きって、たったの二文字なのに。振られたってもう明日から会わないで済む相手じゃん。

 今さら後悔しても、もう遅い。

 杉田くんが私の方を向いて、ピースを突き出した。美弥はその横ではにかんでいる。付き合うことになったとかデートの約束を取り付けたとか、そんなところかな。

 笑顔を取り繕って手を振って、天井を見上げた。黄みがかった華やかな照明に目がくらむ。
 同窓会で出会った二人は恋愛小説の主人公。今はちょうど、前回の同窓会から始まった物語のハッピーエンドのシーン。ううん、これからの幸せな物語の序章かも。
 配役は完璧ね。私は二人を結びつけた、ナイスな脇役のキューピッド。

 杉田くんと美弥が近づいてくる。二人の手はもう離れている。手を繋いでイチャイチャするところを見ずに済んでよかったと、少し安堵した。

「結衣、杉田くんとデートすることになった!」
「塚本、ありがとな。俺、自分で声をかけに行けなくてさ。塚本のおかげだよ」

 屈託のない笑顔の美弥、照れて後頭部を掻いている杉田くん。
 ついさっきまでは懐かしく思っていた美弥の笑顔が、今は腹立たしい。
 私の気持ちなんて何も知らずに、そんなことを言うなんて。
 私の心をこれ以上えぐらないで。

 幸せそうな二人に言ってやりたくなった。「私の方が、昔からずっと杉田くんのことが好きだった」って。

 杉田くんはどんな顔をするかな。
 まずは呆気に取られて、慌てて謝ってくれるだろうな。杉田くんは優しい人だから、好きな人に別の女の子を呼んでほしいと言われた私の気持ちを想像して心を痛めてくれる。それから、眉尻を困ったように下げながら私の告白を断るの。

 美弥は、泣いちゃうかも。
 ごめんって言って泣いて、私が好きな相手だって知ってたらデートの約束はしなかったって、やっぱり杉田くんとはデートには行かない、別の男性を見つけるって言うかな。

 予想は外れているかもしれないけど、どんな展開をたどってもきっと、優しい二人は私のせいで気まずくなってしまって付き合わない。
 でも、だからと言って杉田くんが私の告白を受け入れてくれることもないだろう。

 それなら、幸せそうな二人の雰囲気を壊すべきじゃない。私の中の行き場のない余計な感情は、小さなコンクリートの箱に押し込めてガチガチに蓋を閉めて、奥深くに仕舞い込もう。
 杉田くんのお願いを断って告白できなかった私が悪いんだから。

「おめでとう」

 小さく発した言葉に重なるように、アナウンスが入る。今日の同窓会は終わりです。二次会に行く場合は各自でお願いしますって。二次会にも行けるなら行きたいと思ってたけど、もういいや。
 祝福の言葉は届いただろうか。届いているといいな。声が震えそうだからもう一度口にすることはできないけど、美弥の恋愛を友人としてお祝いしたい気持ちは私にもちゃんとあるから。

「じゃあね」

 ささやくような声で言って二人に手を振った。グラスをテーブルに置き、会場の外を目指す人混みに紛れる。
 またねって、言えなかったな。
 ほんの少し罪悪感を覚えながら、建物から漏れ出す光と電灯だけが照らす街を歩いた。特に目的地などない。ただ、心の赴くままに足を動かした。

 杉田くんの恋が実ったのは、私のおかげなんかじゃない。杉田くんが、美弥の友だちである私に声をかけるという行動を起こした結果。
 私の恋が実らなかったのは、杉田くんのせいでも美弥のせいでもない。私が行動を起こせなかったせい。

 いつの間にかすっかり知らない場所に迷い込んでいて、立ち止まる。冷静になると、靴擦れしてしまった足が悲鳴を上げていることにようやく気づいた。
 絆創膏を買うために近くのコンビニに入ると、懐かしいチョコレートを見つけた。あの頃よく杉田くんがくれた甘いチョコレートを。

 コンビニを出て、すぐそばにあった真っ暗な公園のベンチに深く腰掛けた。同窓会のために買ったドレスはそれなりのお値段だったけど、適当に座ったら汚れるとかシワになるとか、そんなことはもう、どうでもいい。

 夜は深まり、明かりは公園内にもポツリポツリと立っている電灯だけだ。今日は月が出ていないから。
 たったの数時間前、この夜が始まった時には初恋の人との再会への期待に心が躍っていたはずなのにな。せめて空に月がいてくれたら、私の孤独も少しは慰められただろうか。あるいはさらに寂しくなるだけだろうか。

 買ったチョコレートを口に含む。
 当時杉田くんがくれたチョコレートと私が買ったチョコレートでは味が違うのか、もしくは長い初恋が終わったせいか。
 チョコレートはとても甘かったけど、少ししょっぱくて、少し苦かった。