「部屋まで送るよ」
「ううん、大丈夫。もし誰かに見られたら大変でしょ?」

 服を着ると、波斗先輩は昨夜のようにキスをした。なのにどこか申し訳なさそうにしているその顔が切なくて、胸がキュッと締めつけられる。

 そんな顔しないでーーたった一夜を過ごしただけなのに、まるで恋みたいな痛みを感じるなんて……。

「……また、いつも通り……かな?」

 そう問いかけられて、私は困ったように頷いた。だって私たちは恋人でもなんでもない。言うなれば、同志という言葉がピッタリ合う気がする。でも離れ難いと思ってしまうこの感情は一体何なのだろう。

 私は波斗先輩の手を握ると、名残惜しくて思わず頬に押し当てる。

「先輩が辛い時、苦しい時は呼んでね。すぐに駆けつけて慰めてあげるから」
「あはは。紗世ちゃんってば優しすぎる」

 波斗先輩は笑った。そしてドアの前でもう一度だけキスをして、私は彼の部屋を後にした。

 すごく幸せな時間だったのーーこれで終わってしまうのが残念なくらいに。慰め合っただけとは思えないほどの優しくて甘い時間だった。

 大丈夫。傷は癒えた。ちゃんと次の恋へ一歩踏み出せるーーそう思いながら、波斗先輩のことを思い出して、胸がギュッと締めつけられた。

 もう一度キスがしたいし、抱きしめてほしいと考えるだけで、体が熱くなっていくのは何故だろう。離れたばかりなのに、こんなに寂しいのは何故だろうーー。

 ホテルの階段を降りながら、先ほど衝動の赴くままキスをしたことを思い出して、急に恥ずかしくなる。私ってあんなに大胆なことが出来たんだーー千鶴ちゃんにそんな感情が湧いたことはなかったのに……。

 あの時の抑えられなかった衝動の正体。今降りてきた階段を見上げ、そこに波斗先輩がいないことに、ツキンと胸が痛んだ。

 そうか……私が一歩を踏み出す前にすでに始まっていたのねーーつい苦笑いをし、再び前に向かって歩き始める。

 私ってば、どうして好きな人がいる人にばかり恋をしてしまうのかしら。不毛な恋は苦しいだけだってわかっているのに……。

 でも次はどんな結果になろうとも、きちんと気持ちを伝えたい。そして不毛な恋の実らせ方を、私なりに突き詰めていこう。

 窓から朝日が差し込み、木漏れ日が柔らかく揺れる。不思議と心は晴れ晴れとしていた。