ホテルに戻ると、暗がりの所々から話し声はするものの、人の姿までは見えなかった。そのおかげで、波斗先輩の三階の角の部屋まで誰にも会わずに行くことが出来た。

 手を繋いだまま黙って階段を上っていくと、二人の息遣いだけが響き、妙な緊張感を感じる。やはりいくつかの部屋から笑い声が漏れているけど、廊下にいる人はいなかった。

 波斗先輩は部屋の前に立つと、ポケットから取り出した鍵を差し込む。すると開ける音がやけに大きく聞こえた。誰かに気付かれたのではないかとドキドキしながら、部屋の中に慌てて体を滑り込ませた。

 彼の部屋はベッドと鏡台と椅子があるだけのシンプルな部屋だった。カーテンはしまっていて、灯りもつけなかったため、どこもかしこも真っ暗だった。

 背後で扉が施錠される音がして振り向くと、波斗先輩が俯いたまま立ち尽くしていた。まだ迷っているに違いない。私だってこんなふうに彼の部屋に来たことが正解なのか、まだ分かりかねていた。

「先輩……やっぱりやめる? 今ならまだ引き返せるよ」
「……紗世ちゃんは? 引き返したい?」

 不安そうな先輩に対し、私は少し考えてから笑顔で首を横に振った。それから彼に近付くと、おずおずと彼の体を抱きしめた。

「私は先輩と一緒にいたいな……」

 見上げてみると、波斗先輩の顔が暗がりでもわかるくらいに真っ赤になっていた。それがかわいくて、胸がキュンと締めつけられる。

 どちらからともなくキスをすると、そのままベッドに倒れ込んだ。波斗先輩が私の体に覆いかぶさり、私は手を伸ばして彼の首に手を回した。もっと近くにいさせてほしい……不思議とそんなふうに思ってしまう。

「明かり……消してくれる?」

 波斗先輩は頷くと、部屋の明かりを消し、カーテンを開けて月明かりを部屋に取り込む。窓からは濃紺の夜空が見えた。

 彼の指と唇が私の体をなぞり、じわじわとやってくる快楽の波によって、何も考えられなくなっていく。