しかし正気に戻った波斗先輩が、慌てて私の体を離す。せっかくキスに酔い始めていたのに、あっという間に現実に引き戻されてしまった。

「ご、ごめん! 俺……なんてこと……」

 波斗先輩が、優しくて天然だってことはみんな知ってる。私もかわいい先輩だって思ってた。でも今私の目の前にいるのは、かわいいだけじゃない、秘密を持った影のある男性だった。

 私は波斗の手に自分の手を重ね、ゆっくり指を絡めていく。どうしよう……これは自棄になってるってことなのかなーー失恋したばかりなのに、違う人ともっとキスがしたいと思い始めてるなんて、誰が見たっておかしいに決まってる。それでも走り出した思いは止められなかった。

「先輩……先輩が嫌じゃないなら続けて……」

 波斗先輩の顔が驚きで固まる。こんな顔、健先輩は知ってるのかしら? もし私だけなら幸せなのになーー。

「紗世ちゃん……自棄になったらだめだよ……」
「波斗先輩は嫌だった? それならもうしない。でも、なんでかな……私は嫌じゃなかったの……。確かに自棄になっているのかもしれない。ただの慰めの行為かもしれない。なのにもっとしたいって思って……んっ……」

 再び波斗先輩にキスをされて、私はそっと目を閉じると、腕を彼の首に回した。二人とも呼吸が徐々に荒くなっていく。

「紗世ちゃん……かわいい……」

 自然と口に出た言葉に、波斗先輩本人が一番驚いているようだった。

「ありがとう……そんなこと言われたことないから嬉しい」

 思わず恥ずかしくなって顔が赤くなった。なんて魔法みたいな言葉。かわいいのは先輩だわと思いながらも、心が溶けていくような感覚に陥る。

「波斗先輩……私のこと、健先輩の代わりにしてもいい。このままやめたくない……」
「じゃあ紗世ちゃんは、俺を千鶴ちゃんだと思えばいいよ」

 それもいいかもしれないーー痛みと熱に浮かされて、二人とも少しおかしくなっているのかもしれない。

 彼の熱っぽい瞳を見ていると、千鶴ちゃんへのものとは違う感情が湧き上がる。

 この人を慰めてほしいし、この人に私の傷を舐めてもらいたい。逆に彼を慰めたいし、彼の傷を舐めてあげたい。

 だから私は大丈夫。千鶴ちゃんの身代わりとして波斗先輩が欲しいわけじゃない。波斗先輩が欲しい。

 波斗先輩は私の体を引き剥がすと、真剣な眼差しで見つめてくる。

「あ、あのさ……紗世ちゃん、俺の部屋に来る? たまたまなんだけど、シングルにしてもらったから誰も来ないよ……」

 本人が一番、自分の言葉に戸惑っているように見えた。湧き上がる欲望は抑えが効かなかったーーそう言わんとしているような目を見つめられると、体の奥が熱くなる。

 千鶴ちゃんしか見えてなかったから気付かなかったけど、こんなに魅力的な人がすぐそばにいたんだ。

 二人は立ち上がると、熱が冷めないうちに、ホテルまで早足で歩き出した。