ひとしきり泣き終えると、紗世は体の力が抜け、波斗に全てを預けるようにもたれかかる。明らかに先ほどより気持ちはスッキリしていた。

「大丈夫?」

 波斗先輩の心配そうな声が聞こえる。

「ありがとうございます。はぁ、すごくスッキリしました。波斗先輩がいてくれたおかげかな」
「良かった〜……俺がいない方が良かったとか思われてたらどうしようかと思ったよ」

 波斗先輩がホッとしたように言ったので、私は思わず吹き出した。

「さっきまで泣いてたのに。先輩のおかげでもう笑えちゃった。ありがとう」
「紗世ちゃんの力になれたのなら良かった」

 先輩はいつものように優しく微笑んだ。でも私は彼を放っておけない気持ちになっていた。先輩は? ちゃんとスッキリ出来た?

「あのっ……先輩は? もし足りなければ、話を聞くよ」

 その言葉を聞いて、波斗先輩は困ったような顔になる。しかししばらくすると私の手に自分の手を重ねてそっと目を閉じた。

 こんなに近くに、同じような悩みを持った人がいたなんて知らなかった。もっと早くに知っていたら、きっと苦しむ前に分かり合えたかもしれない。だからこそ、私も力になりたいと思ったの。

「……俺ね、高校生の時からずっと(たける)が好きだったんだ。向こうは俺のことを親友って呼んでるけど、俺はそれ以上の想いで見ていた」

 健先輩は美琴ちゃんの兄で、サークルの部長をしている明るく楽しいムードメーカーで、後輩からの信頼は厚い人だった。

 波斗先輩が健先輩を好きだったなんて、全く気付かなかった。きっと彼も必死に隠してきたに違いない。それが切なくて、苦しくなるのを感じながら、波斗先輩のことをぎゅっと抱きしめた。

「健は彼女がいるけど、俺はまだ諦められなくてさ……いまだに引きずってるんだ。紗世ちゃんみたいに考えられたらいいんだけど、俺の場合はすっぱり振られた方がいいのかもしれない。その方が諦めつきそう。でも……」
「今の関係を壊したくない?」
「うん……」
「その気持ち、すごくよくわかる……」

 だからこそ私は自分の気持ちにタイムリミットを設定したのだ。

 波斗先輩が寄りかかってきたので、彼を抱きしめる腕に力が入ってしまう。

「泣いてもいいよ。私がそばにいるから……」

 先ほど彼が言ってくれた言葉を繰り返す。

「ありがとう……でも涙はまだ出ないかな」

 波斗先輩は私の顔を見て、悲しそうな笑顔を浮かべた。その顔を見て思わず波斗先輩の頬を両手で挟む。

「……先輩って意外と強情なのね。でもいいわ。こうして秘密を共有したわけだし、私がいつでも先輩の話を聞いてあげる。辛かったらいつでも言ってね」

 そう言うと、波斗先輩は急に笑い出す。

「なんて頼りになる後輩なのかな、君は」

 その時どこか遠くの方で花火の音が聞こえ、びっくりした私は彼の胸に顔を埋めた。

「なんだ花火……」

 ふと顔を上げると、波斗先輩が私をじっと見つめていた。その視線に絡め取られて動けなくなる。

 少しずつ二人の顔が近付き、唇が触れる。一度離れるが、どちらからともなくもう一度キスをする。ゆっくりと唇が動き、舌が絡まる。

 きっと失恋のせいでおかしくなっているんだ……。寂しさを埋める行為が、こんなにも気持ちが良いなんて思いもしなかった。