そうか、波斗先輩は私が大和先輩に失恋したと思ってるんだ。それならそう誤解したままでいいのかもしれない。だってそのことを説明することはかなり厄介だし、自身の傷をえぐるだけ。

 なのに、そんなふうに誤解されたくない自分もいた。私の千鶴ちゃんへの想いはちゃんとした恋だった。それを否定することはしたくなかったからーー。

 私は意を決して波斗先輩の目をじっと見つめる。

「違います」
「えっ……」
「そうじゃないんです……私のは不毛な恋。実らないのはわかっていましたから」

 涙は止まるところを知らず、いつまでも滝のように流れ続ける。すると波斗先輩はハッとして私を見つめた。

「もしかして、紗世ちゃんが好きだったのって千鶴ちゃん……?」

 驚いたのは私の方だった。まさか見破られるなんて思いもしなかったから。波斗先輩は私を変な目でも、軽蔑するような目では見ず、まるで同志を見つけたような切なげな笑顔を浮かべていた。

「女の子なのにおかしいって思います? でも私は一人の人に恋をしただけ。性別とかじゃなくて、ただ素直で優しくて一生懸命な千鶴ちゃんが好きになったんです」

 あーあ、言っちゃったーーどこかスッキリした自分がいた。それに、波斗先輩なら優しく受け止めてくれる気がしてた。

「でもね、千鶴ちゃんに彼氏が出来たら諦めようって思ってたんです。だから今日がその日。もう覚悟してたから大丈夫。立ち直るのにちょっと時間はかかるかもしれないけど」

 紗世は波斗に微笑みかける。あぁ、やっと笑えた……! なんて清々しいのかしらーーすると瞬間、私は波斗先輩の腕に抱きしめられたのだ。

「あのっ、波斗先輩……?」

 波斗は先輩の力は更に強くなる。

「……俺もなんだ」

 囁くような言葉が私の耳元で響く。

「俺もずっと不毛な恋をしてるんだ……」
「先輩も……?」
「そう……俺の恋も決して実らない。でも紗世ちゃんみたいに割り切れなくて、あいつに彼女が出来ても、好きな気持ちは変えられない……」

 抱きしめられているから顔は見えないけど、きっと悲しい顔をしてるに違いない。そう思うと私まで辛くなる。だからそっと波斗先輩の体を抱きしめた。

「……好きでいることは自由じゃないですか。別に無理して諦めることはないですよ。私は次に進むために諦めるだけ。千鶴ちゃんのことを心から祝福したいもの」

 心臓の音が間近に感じられるーー抱きしめられるってこんな感触なんだ……。体温が温かくて、なんだか心地よい。

 今日は一人で泣こうと思っていたのに、誰かがそばにいてくれることが、こんなにもホッとするなんて思いもしなかった。

「……私泣き始めたところだったんです。このまま泣いてもいいですか……?」

 その言葉で、波斗先輩は私を抱きしめていることに気付く。

「わっ! ご、ごめんね!」

 そう言って離れようとする彼を、今度は私が離さなかった。

「離しません。むしろ私を慰めてください」

 あんな風に抱きしめるから、それにすがりつきたくなった。癒されたいけど、彼を癒してあげたいとも思った。

 波斗先輩の手はぎこちなく、戸惑いながらもそっと優しく抱きしめてくれた。

「今日は辛かったよね……俺で良ければ話し聞くよ。ずっとそばにいるからさ……」
「それだけじゃないですよ。私だってずっとそばにいて話を聞きますから……だからなんでも打ち明けちゃってくださいね」
「うん、ありがとう……」

 波斗先輩は私の頭を撫で、背中をさする。だから私も先輩の頭を撫でた。

 私は彼の胸の中で泣いた。しかし彼が胸を貸してくれたため、声はほとんど漏れることはなかった。