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 合宿で借りていたのは湖の近くにある小さな古いホテルだった。専用の遊歩道もついているので、散歩コースにちょうど良い。

 なんとか気持ちを保ちながら、ふらっとその遊歩道に入っていく。湖には月が映り、明るく照らされている。それに道の端に等間隔でランタンの灯りが灯されてるため怖くはなかった。

 湖のほとりは、小石がゴロゴロとしていて多少歩きにくかったが、その方が千鶴ちゃんのことを考えなくて済む。

 人目につかない場所まで歩いて行くと、東屋らしき小屋が現れたので、私は中に入ってベンチに腰を下ろした。すると途端に涙が溢れ出し止まらなくなる。

 本当はずっとずっと千鶴ちゃんのことが好きだった。そばにいられるだけで嬉しかった。でも関係を壊したくなくて黙ってた。

 いつか千鶴ちゃんに彼氏が出来たら諦める……そう心に決めていたけど、まさかそれが今夜だなんて……唐突にやってきたこの日を、私はまだ受け止めきれずにいた。

「紗世ちゃん?」

 その時だった。突然背後から声をかけられ、驚いて振り返る。そこには心配そうな顔をした波斗(なみと)先輩が立っていた。

「一人で出て行くのが見えてさ、なんか危ない気がして追いかけてきちゃった……って、泣いてるの⁈」

 波斗先輩はゆっくり東屋の中に入ってくると、隣の席に腰を下ろす。それからポケットからハンドタオルを取り出し、私に差し出した。

「……何かあったの? あっ、別に下心とかないよ。ただ心配なだけだから!」

 慌てて話す様子を見て、私は泣きながら思わず吹き出してしまう。

「大丈夫です。波斗先輩がそんな人じゃないのはよくわかってるもの」

 彼はサークルのなかでも人気がある。イケメン、高身長、控えめで優しくて穏やかで、それに加えて天然なところがあって、女子から見たってかわいい人だった。性別問わず、誰もが波斗先輩を好きだったし、もちろん私も頼りになる先輩として慕っていた。

 その波斗先輩がハッと何かに気付いたような顔をしたかと思うと、急に辛そうな表情になる。

「もしかしてさ、千鶴ちゃんから聞いた……?」

 ドキッとした。目を見開き、唇をキュッと結ぶ。もしかして私の気持ち、気付かれていたのかしら……。

 すると波斗先輩は私の頭に手を載せ、優しく撫でたのだ。その表情に紗世は再びドキッとした。いつも笑顔で優しい波斗先輩が、こんな切ない顔をするなんて初めて見たのだ。

「紗世ちゃんも、大和君が好きだったの?」

 しかし思いがけないセリフに、私は口を開けて目を瞬いた。