『――では、新任の先生を紹介します。戸谷 貴久先生、前へ。先生は昨年まで東京の方でお勤めになられたそうです。担当は音楽。クラスは3年2組の副担当をしていただきます』
機械的に読み上げられた紹介文は、途中から女子たちのざわめきでよく聞こえなかった。
思わず目線を体育館の舞台へ向ける。


細身のスーツに、パーマがかった髪型は、このド田舎にいるような人間には到底真似できないくらい洗練されたものだった。

マイクをスタンドから離す指先も、マネキンのものと錯覚するほど細く長い気がした。

体育館の隅で消しカスまみれの私には体育館の舞台が遠すぎてよく見えなかったけれど、絶対スタイルはいいと言い切れる。
それくらい目を引く容姿だった。

『はじめまして、戸谷です。昨年までは東京で先生をしていました。出身はみんなとおんなじこの町になります。よろしくお願いします』


綺麗な、ノイズのない音だった。聞いたとき、何故か葉音が脳に響いた。風が吹くたび裏返って黄緑と緑をチラチラと魅せてくれる、光る風。初夏を思わせる爽やかさだった。

丁寧に、腰から曲げるようなお辞儀をした後、すぐにステージを去った。
桜のことなんか消しカスのことなんかもうどうでもよかった。