「私の記憶の中の先生は神様でした。でも、ようやく今日でそれはおしまいです」

「それこそ買い被りすぎだな。5年前の僕、そんな大した人間じゃなかったけど」

「たしかに。今の年齢の私から見たら、大したことないなって思います。
それでも、私の心の支えにはなっていたという事を先生が知っていてくれればいいです。

先生が私を忘れないで、私のために傷ついてくれているのが分かったから。先生の中で私は特別だったんだって分かったから。

私は安心して片思いを辞められます」

好きでした。
私のエゴにまみれた告白を先生は目を赤らめながら笑って指輪と一緒に受け止めてくれた。


その笑顔は、スマホでみていた卒業式の写真の時よりも、人間臭さのある、目尻にシワが寄った顔だった。


それを見たとき、
先生にはもう、二度と会えない。未来の事は分からないのになんでかそんな気がした。

「ありがとう。志摩。僕は志摩の演奏が1番好きだったよ。志摩を超えるトランペットの音にまだ出会ってないよ。2番目しかなれないなんて悲しいこと言わないで。

志摩は自分の意見をちゃんと持ってるのに、それを表に出すより、相手の意見を尊重して、求められた通りを提出しようとする優しい子だよ。

今の、僕を脅すようなやり方は間違ってるけど、ちゃんと自分の意見をいえるっていうのは凄い成長してると思うよ。先生、感動しました。

ちゃんとあのとき、答えなくてごめんね。
中学生の志摩の思ってた恋愛的な関係性にはなれない」

先生は、換気が終わったのか窓を閉めた。
星は見えなくなっていて、
空の端がオレンジに近づいていた。夜の影に隠れていたけど朝焼けに照らされて、初めてそこに山があったのに気がついた。

先生ははっきりと中学生だった私を振ってくれた。

ようやく、私の2つの目的が達成された。
私は、憑き物が取れたみたいに、ヘッドレストに頭を預けた。