「私を通して何を見てたんですか?多分、自分と重ねてましたよね」

「…やっぱり気づいた?」

先生は、ごめん、と手を挙げてまたタバコに火をつけた。

「先生の経歴、調べました。ピアノコンクール、名前で何件かヒットしたんですけど、全部奨励賞とか、次席とか。最優秀賞がなかったんですよ。それで、最後に先生の名前が確認されたコンクールの次の年に、先生が“先生”としてこの街に戻ってきたんですよね」

ふー、と細い煙が私にまでかかる。
「そうだよ、志摩の想像通り」
先生が呆れたように車の天井を仰いだ。

「ピアニストになりたくて、街を捨てた。でもなれなかった。田舎じゃまともにレッスンなんかできなかったから、エリートに負けて当たり前なのに、何も知らない子供だった。」
コンビニの明かりは、先生の顔が分かりやすく照らした。
私なんか見向きもしない。
ずっと前だけみている。
そこは中学生の時に見ていた先生の横顔と同じだった。

私の中の記憶で、1番多いのは先生の横顔だった。 
私を見て欲しかったのに、私を見ない先生が好きだった。
でも、その理由が先生の当時の年齢に近づくにつれて薄々勘づいてしまった。

「時間制限付きの夢を叶えられなかったから、親との約束通り、田舎に帰って、公務員になった。それで結婚もした」

先生にも、子供の時代があったのか。当たり前なのに、全くイメージがなかった。先生は震える声で、私に淡々と伝えた。
大人が、泣きそうになるなんて知らなかった。