私が最後に乗った先生の車と同じ。中はあのときのまま、物を置いていないさっぱりしたものだった。

運転席に乗り込んだ先生は、
「なんか、二人でこの車乗るの、あの演奏会以来だね」
私と同じ事を思い出してくれていた。

さっきだって、同窓会より私を優先してくれた。指輪の事を踏まえても私の方があいつ等より大切だったということだ。

助手席に座る私に、ひざ掛けをかけてくれた。グリーンのチェックがあしらわれたそれは私の足元を隠してくれた。ユニセックスなデザインではあるものの、嫁のものを貸し出されている可能性も否定できないから、不快だった。

コインパーキングから車を走らせる。同窓会はとっくにお開きになっている時間なのに、なんとなく誰にも会わないように会場から離れているルートを走っていった。
繁華街からひとつ離れただけで、代行タクシーもまばらに走るようになった。

先生は、目的地を私に言うことはなかった。

私も先生の指輪を人質にしているのだから、先生の人質になる可能性はもちろんあるだろう。

どこかの海に、山に、崖に捨てられるかもしれない。それは仕方ない。

数十分前まで、片思いする生徒とあしらう先生だったのに。
仕方ない。私が初恋を、過去をちゃんと納得して終わらせるためには真剣になってもらうしかないから。

腕時計を見る。時刻は26時だった。